◆4 もう一人の所持者

 ずっと前、とても楽しい夢を見たときのことだ。夢の続きを見たいと思って二度寝にどねして、一度だけ成功したことがあった。それでも景色は一度目と同じじゃなかったし、途中とちゅうから全然ちがう夢に変わってしまって、起きたときにガッカリしたものだ。

「……この前きたのと、おんなじ場所だ」

 でもいま大輝だいきがいるのは、まちがいなくあの森の同じ場所だった。

『ちがう場所に来ても迷っちまうからな。俺様おれさまのおかげだな!』

 【ひ】の守りは相変わらずエラそうな態度で言う。

「すごいんだなぁ。だけどこんなにリアルだと、起きてるときとごちゃごちゃになりそう」

『でも、なってねーだろ? それだって俺様のおかげだ。お前がネルで大暴れしてオキに帰っても、ちゃんとたみてーにつかれは取れるしな! ……で、仲間には会えたのか?』

「うん。まだもう一人くらいいるんじゃないかって話になってさ、また明日さがしに行くんだ」

『さすが俺様が見込みこんだだけあるな!』

 そう言って【ひ】の守りはくくくと笑った。それから少しだけ小声になる。

『仲間と集まったときのために、まずはネルを少し紹介しょうかいしといたほうがいいな。まずお前が好きなように歩いてみろ』

「うろうろしてたら【悪夢あくむ使徒しと】に見つかって、あぶないんじゃないの?」

『ここなら気をつけてりゃ大丈夫だいじょうぶだ。もともとオキの国の住人がうろうろしてる場所だし、いろんなユメがツギハギになってるから見つかりにくい。勝負は【深層しんそう】に入ってからだな』

「シンソウ?」

『ここがネルの【表層ひょうそう】、神さんがつかまってるのはもっとおくの方にあるってことだ。仲間と待ち合わせるのにも、ある程度ていどネルのことを知っといたほうがいいだろ?』

「なるほどー。でもさ……」

『なんか心配事しんぱいごとでもあんのか?』

「仲間には会えたけど、みんなオレと同じ子どもばっかだったんだ。それで神様助けたり出来るのかなって」

 【ひ】の守りはそれを聞いてガハハと笑う。

『心配することねーって言っただろ! ネルの中では大人だからつえーってわけじゃないんだぜ?』

「そうなの?」

 ちょうどそのとき、遠くの方で大きな音が聞こえた。そちらを見ると、何かが地面からせり上がってくる。土煙つちけむりを上げながら現れたのは、たくさんのビルだった。

「うわっ! ビルが生えてきた!?」

『そりゃ、ビルぐらい生えるだろ。ここはお前らにとっては【夢の中】なんだからな』

「そ――そういえばそうか。夢って何でもアリだもんな」

「そうだ。大事なのは想像力そうぞうりょく、つえーのは創造力そうぞうりょくだ。オキのやつらは、色んなもんをネルに生み出してくれる。そのかわりネルは、ねむってる間の遊び場を提供ていきょうするってわけだ。そうやって持ちつ持たれつ、ふたつの世界は成り立ってるんだぜ」

「そっかー! じゃあ……!」

 大輝はふと思い立ち、両手を地面へ向けてうんうんとうなる。すると木の根っこの上に、ふにゃふにゃのミニカーのようなものがあらわれた。

「出た! ――けどおかしいな、カッコいいクルマを出そうとしたんだけどなぁ」

 つまみ上げてみるとやわらかな粘土ねんどのような手ざわりで、風がふいたら飛んでいきそうなくらい軽い。

『ははは、やるならもっと細けーとこまでハッキリ思いえがいて、そこにほんとにあるみてぇな気持ちでやらねぇとな!』

「でもそんなの、むずかしいよ」

『ま、なんでも練習あるのみ、だ! お前が持ってるものでよくながめたり、さわったりしてるものならやりやすいんじゃねーか?』

「そっか、えーっと……」

 今度は手のひらをじっと見つめて、お気に入りのミニカーの細かい部分まで思い出してみる。するとふにゃふにゃミニカーの形が少しずつ変わり、手ざわりも重さも本物に近くなってきた。それを地面に置いてみる。動き出すことをイメージすると、思ったよりはのろのろしていたものの、ミニカーは走りだした。

「うわぁ! 走ったぞ!」

『すげぇじゃねぇかダイキ! その感覚を覚えとけよ。神さん助けるときにも大切になる力だ』

「うん!」

 大輝は自分がつくり出したミニカーを追って歩き出す。魔法まほうみたいなことが出来て、【ひ】の守りにもほめられたことで、大輝の気持ちはだいぶ軽くなってきた。すると、いつもはこんなにちゃんと見ることの出来ない【夢の中】を歩けることにワクワクしてくる。

「……今まではこんな感じの夢、見たことなかったなぁ」

『これはネルにもともとある景色だからな。オキのやつらはここにやってきて、自分になじみがある景色をつくるんだ』

「じゃあ夢に親とか友だちとか出てくるのも?」

『そうだぜ。でもたまに本人同士がほんとに会うこともあるな。大体は道ですれちがったみてぇにすぐ別々になるけどな』

「へぇー……もし、だけど【悪夢の使徒】に会ったらどうすればいい?」

俺様おれさまが先に気づくから問題ねぇ。間に合わなかったら知らんふりしとけ。ユメをつくらずにうろついてるオキのヤツもめずらしくねぇ。そういうやつらは起きたときに【夢は見なかった】って思うんだ』

「そっかー! それなら――」

「イヤだ!」

 大輝がホッとしたとき、大きな声が近くからした。木にさえぎられてよく見えないが、向こうでだれかが言い争っているようだった。

『ダイキ!』

 そちらへ向かおうとした大輝を【ひ】の守りが止める。

『あんま他のヤツのユメに関わんねぇほうがいいぞ? お前は俺様おれさまがいるからいいが、向こうがつかれるからな。どんなユメだったとしても危険きけんはねぇし』

「そうなんだ。ごめん、気になっちゃって」

「――お守りとか神様だとか、何を言ってるのかぼくには全く理解できない。くだらない話はやめてくれ」

「いま、お守りって言ったぞ?」

『仲間がいるなら別だな! やっぱダイキ、行ってみようぜ!』

「よし!」

 大輝は声のする方へと近づくと、向こうをのぞきこむ。色白の男子が、地面に向かって話をしていた。

「あの――」

 大輝が声をかけると、その子はおどろいてこっちを向く。少し長めの前髪まえがみがゆれた。そして突然とつぜん、あたりの木がぐんぐんとのび始める。

「えっ!? なんだこれ!? どうなってんの!?」

 木はあっという間に大木に成長し、まるでカベのようになって完全に道をふさいでしまった。

『あっちが拒否きょひしてる。これ以上は無理だ』

「ごめん、オレがびっくりさせちゃったから」

 少ししょんぼりしてあやまる大輝に、【ひ】の守りは明るく言う。

『ま、仲間がもう一人いるってことがわかっただけでも収穫しゅうかくだ。仲間集めはダイキにかかってるからな。たのんだぞ!』

「あの感じだと、やりたくないみたいだけど……」

 大輝は聞こえた言葉を思い出す。知っている子じゃなかったから、あさひたちみたいに別の学校に通っているのかもしれない。大きくなった木は少しずつしぼんで元にもどったものの、さっきあの男子がいた場所には、もうだれもいなかった。

『いまは考えてもしかたねーさ、もう少し歩いてみようぜ!』

「うん」

 それからなんとなく気になった方向へと歩いてみる。しばらくすると森が開け、水の音がしてきて、少し先には大きな湖があるのが見えた。

「うわぁ、でっけー木!」

 その大きな湖の真ん中にうかぶ島。そこには、とても大きな木が生えている。

『あれは、【悪夢あくむ】だ』

「【悪夢の木】だって!?」

 思わず大きな声を上げた大輝に、【ひ】の守りはしーっと言った。

『あんまさわぐんじゃねぇよ。ユメにはアクムだってあるだろ? それを作り出してるのがあの木だ』

「それってやっぱ悪い木ってことなんじゃないの? 悪夢って見るのイヤじゃん!」

『あの木自体が【悪い】わけじゃねぇ。オキのヤツらはネルで色んなもんをつくり出すが、いいもんばっかじゃねぇんだ。そういうのをい取って、安全な【悪夢】に変えてからき出してんのさ。【使徒しと】のヤツらは【悪夢の木】を利用してネルを乗っ取ろうとしてるだけだ』

「木も、悪いやつらに利用されてるの?」

『ああ。ネルの住人は【悪夢の木】にさわれねぇから、神さんの力がふうじられたんだったら、あの木が使われた可能性が高い。だからお前たちネルの住人の助けが必要なんだ』

 ずっと強気だった【ひ】の守りの声が少しゆれる。大輝は湖の向こうにある大きな木をながめながら、力強くうなずいた。

「オレ、がんばるよ!」

『おう、ダイキ、たよりにしてるぜ! 仲間がそろったなら、待ち合わせ場所を決めるといいだろうな。そうすりゃ、ネルに来てすぐいっしょに動ける――』

 急にあたりの景色が白くかすんで、【ひ】の守りの声が遠くなってくる。待ち合わせはこの湖のところがいいなと思ったところで、大輝は目をさました。

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