◆2 不思議なお守り

「確か、暗い場所で……森? 山? ええーっと、どうくつとかだったかな? 今にも冒険ぼうけんが始まりそうって感じだったんだけどなぁ」

 いまは梅雨つゆのはずだけれど、その日もただムシ暑いだけのくもり空だった。大輝だいき灰色はいいろの空をながめ、ひとりでぶつぶつとつぶやきながら歩いて行く。

「おーい、大輝! おはよー!」

 するとうしろから大きな声でばれる。ふり向かなくてもわかった。かっちゃんだ。クラスはちがうけど家が近所だから、登下校でいっしょになることが多い。

「おはよー!」

 反応がない大輝に、かっちゃんはもう一度声をかけてくる。でもいまはそれどころじゃない。ただでさえあやふやな夢の内容が、みんなどこかに消えてしまいそうだった。

「……あ、かっちゃん。おはよ」

 とりあえずふり返って返事はする。かっちゃんは大きな目をさらに大きくし、大輝の顔をのぞきこんでから、ちょっと首をかしげた。

「何ぶつぶつ言ってんの?」

「今日面白い夢見たんだけどさ、どんなだったかわすれちゃって。冒険ぼうけんが始まって、敵と戦うRPGみたいな感じだったと思うんだけど」

「へー……おれは夢って全然覚えてないからなぁ。わすれてるだけでみんな見てるっていうけど、ほんとかな?」

「オレはいつもなら結構覚えてるんだけどなぁ。今日のはすっげー面白そうだったのに」

 いつもならわすれてしまったで終わりなのに、今日はやけに気になってしまう。だれかと大事な約束をしたみたいに、がんばって思い出さないといけない気がしている。

「そういえばさ、大輝はアムちゃんねるって知ってる? 昨日のやつすっげー面白かった!」

 そんなことを大輝が考えている間に、話題が変わっていた。

「アムちゃんねるって?」

「いま流行はやってるムーチューバーの動画! 兄ちゃんが教えてくれたんだ」

「へぇ」

 とりあえず返事はするものの、夢のことが頭からはなれない。かっちゃんがアムちゃんねるの面白さについて熱く語ってくれたけれど、ほとんど記憶きおくに残らないまま、いつの間にか教室の前までたどりついていた。

「じゃあ、かっちゃんまたな!」

「うん、今度アムちゃんねる見たら感想聞かせて」

「おっけー! ……お、ヤマケンがてる。レアだ」

 ドアを開けてすぐ、ヤマケンがつくえの上でいびきをかいているのが目に入った。同じようにている子もいたけれど、真面目なヤマケンはいつも本を読んでいたり、授業の予習をしていたりするからているところなんて見たことがない。そのうち先生の声が聞こえてきて、教室がすこし静かになった。

(夢に出てきたの、しゃべるぬいぐるみだったかな……? なんか魔王まおうたおしてくださいって言われたような気がするんだけど)

 授業中もそんなことを考えながらノートのすみっこにメモする。そうするとだんだんと細かい部分も思い出せたような気になったが、今度はそれが正しいのかどうか自信がなくなってきてしまう。

「じゃーな大輝!」

「うん」

「……あいつ大丈夫だいじょうぶ? カゼかな?」

 あっという間に一日は終わり、そんな友だちの言葉を背中せなかで聞きながら、大輝は学校を出る。はっきりわかっているのは、だれかにたのみごとをされたということ。たぶんそれが一番大事な内容だったはずだ。

「あれ?」

 気がつくと、見覚えがない場所にいる。ぼんやり歩いていたら、いつもは通らない道に迷いこんでしまったようだった。あたりはだんだんと暗くなってきている。するとどんどん不安になってきて、むねのあたりがぎゅっとした。今いるのは細い道ばかりの住宅地じゅうたくちだ。どこか大通りに出れば、知っている建物があるかもしれないと考えた大輝は、早足になって広い道をさがす。

「あっ!」

 その時、何か光るものが目に入った。街灯の明かりじゃない。通り過ぎようとした草むらの一部が、ぼんやりと光っている。不思議に思って近づいてみると、そこには変なお守りが落ちていた。


「うーん、どうしようか……」

 大輝は勉強机べんきょうづくえの前でうでを組み、何度目かになるセリフを口にする。目の前には、あのお守り。どうしても持って帰らないといけないような気がして、持って帰って来てしまった。だれかが落としたものならこまっているかもしれない。明日交番にでもとどけてみようかと考える。でもお守りにしては、神社の名前すら書いていない。

「これって、ひらがなかな?」

 お守りの上のほうには、ひらがなの【ひ】にしか見えない刺繍ししゅう。その下には、目のような模様もよう。ながめているうちに、模様もようがぱちぱちと動いたような気がしてドキッとする。

「あっ!」

 急に夢の記憶きおくがよみがえってきた。暗い森、黒いフードの人物。それから、しゃべるお守り。

「これだ! ぬいぐるみじゃなかった。このお守りがしゃべって……」

 しゃべって。それから、しゃべって。それから……頭の中で同じ言葉ばかりがくり返される。考えがまとまらない。それは急にやってきた眠気ねむけのせいだった。いますぐてしまいたいという気持ちに逆らえず、のそのそとベッドへと向かうと、大輝はたおれるように横になった。

『おう。ダイキ、来たのか』

 ぶっきらぼうな声にばれる。あたりは森。目を開けると、木々の間から明るい光が差しこんでいた。

「あれ、ここは……?」

『ネルの国だ』

 目の前には、あのお守り。目の模様もようをぱちぱちと動かしながらしゃべっている。

「ネルの国……そうだ! おまえは【ひ】の守りで、神様を助けてくれってたのまれたんだ!」

 大輝が思わず大きな声を上げると、【ひ】の守りはしーっと短く言ってから目をきょろきょろとさせた。

『あまりデカイ声出すんじゃねぇよ。【使徒しと】のやつらに見つかったら面倒めんどうだろ』

「ご、ごめん」

俺様おれさまだってコソコソすんのはイヤなんだけどな。これも作戦ってヤツだ』

 もう一度あたりを見回してみてもだれもいない。ほっとむねをなでおろした大輝は、小声で話を続ける。

「じゃあこれは夢で、オレはいまてるってこと?」

『ダイキにとってはそうなるな』

「でも、学校の帰りにお守りを拾ったのもほんとうで……」

『やるじゃねぇか! 無事、俺様おれさまの分身を見つけたんだな!』

 【ひ】の守りはうれしそうな声を出す。どうやら似たお守りを拾ったというような話ではなく、夢の中と現実の出来事はしっかりつながっているようだった。

「じゃあ、神様が悪いヤツにじこめられたのも、それをオレが助けに行くってのもほんとの話?」

『だから、そうだって言ってるだろ。まずは仲間をさがせ。ネルの神さんはピンチになった時、俺様のような守りを何体かオキの国に飛ばした。俺様とダイキみてぇにもう相棒あいぼうになってるヤツらもいるかもしれねぇ』

「そんなこと言われても……お守り同士で居場所はわかんないの?」

『居場所はわかんねぇけど、守りの【所持者しょじしゃ】同士は引かれ合うからな。いわゆる【ごえんがある】ってやつだ。俺様の分身をずっと持ってりゃ、そのうち出会うだろ』

「なんだか、いいかげんだなぁ」

『神さんもあせってただろうし、仕方ねぇさ。――ところでダイキ!』

「な、なに?」

 急に名前をぶ【ひ】の守りに、大輝はおどろく。

「大輝!」

「だからなんだよ?」

「大輝ってば!」

「うるさいな!」

 思わず大声を出すと、目の前には母の顔があった。

「うわぁっ! 母ちゃん!」

「うるさくて悪かったね! さっきからんでるのに全然返事しないから。もうごはん出来てるよ」

「あっ……うん」

 大輝はまだドキドキするむねをおさえながら、母の背中せなかを見送る。

 にぎりしめていた手を開くと、白い布に赤い糸で刺繍ししゅうされたお守りが出て来た。お守りの力なのか、さっきまでの【夢】の内容もしっかり覚えていた。

「なんだか、大変なことになっちゃったぞ……」

 もちろんお守りは、なにも言わない。かわりに母のぶ声がまた聞こえてくる。大輝は大きく返事をすると、お守りをポケットに入れ、一階のリビングに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る