オキの国 ネルの国

森山たすく

◆1 ネルの国

 まっくらな道を走っていた。知らない場所だった。

 森だ――と、富士野大輝ふじのだいきは思う。明かりは何もない。それでも不思議なことに、まわりにたくさんの木があることも、足元にく花の場所も大輝だいきにはわかった。でも、なぜこんなところにいるのかは思い出せない。思い出せないまま走って、走って――そのうち息が苦しくなってきて、その場にうずくまる。すると、急にあたりが明るくなった。

「――!?」

 まぶしさに目を細くしながらそちらを見る。赤い光は、流れ星のように近くの草むらへと落ちた。ゆっくり近づくと、落ちていたのは模様もようの入った小さな袋。それが、ぼんやりと赤く光っていた。少しびくびくとしながらも、拾ってよく見てみる。

(なんだこれ? お守り……か?)

 それは神社でよく見かけるお守りにしか見えなかった。白い布に赤い糸で、ひらがなの【ひ】のような文字が上のほうに、その下には目のような模様もよう刺繍ししゅうしてある。ついているヒモは少し長めで首にもかけられそうだった。

 ――ガサッ。

 お守りをぼんやりと見ていると、どこかで音がした。大輝はあわててお守りをズボンのポケットにしまう。すると光は消え、あたりはまた暗くなった。

 ――ガサッ。ガサガサッ。

 草をかき分ける音だ。何かが近づいてくる。大輝が近くの木のかげかくれてしばらく。やって来たのは、黒い服を着た人物だった。顔はフードですっぽり隠れていてよく見えない。その人物は立ち止まると、だまってあたりを見回した。

 こっちを向いたときに、黒フードの下に白いものが見えた。それは、お面だった。一瞬いっしゅん目が合ったと思ってドキリとしたが、黒フードはこちらには気づかなかったようで、またどこかへと行ってしまう。

「ふー……」

 そのすがたが完全に見えなくなり、音も聞こえなくなったのを確認かくにんしてから、大輝は大きく息をついた。自分でもなぜ隠れたのか分からないが、あの人物に見つかってはいけないような気がしたのだ。

『おい』

「うわぁっ!」

 今度はすぐ近くで声がした。おどろいてつい大輝も声を出してしまう。さっきの黒フードがもどってきたのかもしれないと、あわてて両手で口をふさぎ、静かにあたりを見るが、だれもいない。

『おい、おまえ』

 それなのに、声はまた聞こえた。男の人の声だ。こわさに体が固まるが、しばらくたってもやっぱりだれも出てこない。もしかしたら向こうも大輝のことをこわがって出てこられないのかもしれない。そう思ったらエラそうにしている声にはらが立ってきた。

だれだ? どこにいるんだ!」

『おまえ、俺様おれさまの声が聞こえるのか?』

「聞こえるから返事してるんだろ! かくれてるなんてヒキョウだぞ!」

 大輝がそう言うと、なぜか声はうれしそうに笑う。

『くくく……卑怯ひきょうってのは聞きてならねぇな。こっちは出たくても出られねぇってのに』

「出られない……?」

 どこかにじこめられてるということだろうか。がんばってさがす大輝の近くで、なぞの声がまたくくくと笑った。

『そんなとこさがしたって見つからねぇよ。ここだここ』

「あっ!」

 ようやく気づく。声はポケットの中から聞こえていた。急いでお守りを取り出すと、模様もようだったはずの目は本物の目のようにぱちぱちと動いている。つい放り投げてしまったが、草の上でお守りはしゃべり続けた。

『ふー、ようやく出られたか』

「お守りがしゃべってる……」

『おまえ、名前はなんていうんだ?』

 おどろく大輝にかまわず、お守りはそう言った。おかしなことだらけで頭の中がぐるぐるとするが、名前をたずねられているということは分かったので、とにかくそれには答えることにする。

大輝だいき――富士野大輝ふじのだいき

『ダイキか、いい名前だ。おまえ、オキの国から来たんだろ?』

「オキの国って?」

 少し考えてみるが、そんな名前の国は知らない。するとお守りは少しだまってから言う。

『……つまり、ニンゲンかってことだ』

 大輝は少し考えてから、うなずく。意味がよく分からないが、大輝が人間なのはまちがいないことだ。

『そっかそっか! 俺様おれさまは【ひ】の守りだ。よろしくな!』

「ひらがなの【ひ】が書いてあるから、ひのお守り?」

『んー……ま、そんなとこだな』

 【ひ】の守りは言ってガハハと笑う。

『とにかくだ、これで俺様とおまえはめでたく相棒あいぼうになったってわけだな! 【悪夢あくむ使徒しと】のヤツらからネルの神さんを助け出して――』

「ちょ、ちょっと待って!」

 あわてて止めた。大輝には事情がさっぱり飲みこめない。

『なんだよ? 文句もんくあんのかよ?』

「あるよ! なんの話をしてるわけ? だいたい、ここはどこなんだよ?」

『ここはネルの国だよ』

「ネルの国……?」

 また聞いたことのない国の名前だった。【ひ】の守りはそのまま続ける。

『そ。で、さっきのヤツが【悪夢の使徒】な。あいつらがネルの国の神さんをじこめちまったわけ。で、俺らはその神さんを助けに行く』

「オレが? でもオレまだ小学生だよ?」

『おまえが何だって関係ねぇのさ。俺様おれさまの声が聞こえるってことは、おまえには【所持者しょじしゃ】の資格があるってことだ。んで、俺様とこうやってえんがつながったからには、出来るってことだからな!』

「……ほんとに?」

『ああ、ほんとだ!』

 信じられないような話だ。でも自信満々な【ひ】の守りを見ているうちに、不安やこわさはだんだんと消えていき、大輝のむねの中はワクワクした気持ちでいっぱいになった。まるでゲームに出てくる勇者になったみたいだ。

「それなら、オレ、がんばって神様を助けるよ!」

『おう、そう来なくちゃな! んじゃ、まず俺様をピピ』

「ピピ?」

『ピピピピピピピピピピピピピピ……』

 ピピピピピピピピピピピピピピピピッ!

 大きな音で飛び起きる。大輝がいるのはベッドの上だった。わけもわからず、しばらくぼんやりとした頭で考えたあと、目覚まし時計を止める。

 ――そう、いままでの出来事は、全部夢だったのだ。

「くぅぅぅぅぅ……今いいとこだったのに! これから冒険ぼうけんに出るとこだったじゃん! えーっと……何とかっていう国で」

「大輝! いつまでてるの! 早くごはん食べないと学校遅刻ちこくするよ!」

「はーい、いま行くー!」

 大輝はドアの向こうから聞こえる母の声に仕方なく返事をする。それからのそのそとベッドからおりた。

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