寝る前

@wowo_205

第1話

洗面台の左側に髪が濡れてまとまっている自分が立っている。

スマホを洗面台に直接置いて、耳にはワイヤレスイヤホン、右手にはドライヤーが毎日22時の姿だ。そんな姿を鏡は映す。鏡の後ろにある棚に隠れているコンセントへ、きちんと狙いを定めないといまだに綺麗に刺せない。刺し終わったらスイッチを入れる前にスマホを手に取り、好きな曲を今日も流す。この曲やっぱりいいよな〜賛否両論あるけど自分は好きだ。いざスイッチを入れると好きな曲は聴こえない。ドライヤーが放つ熱気が大声をあげて叫んでいるだけで、曲は歌っていない。いつもの好きな曲であるはずなのに好きな曲ではない。自分の知らないリズムと歌声がうっすらと途切れ途切れに聴こえてくる。向こうの自分が不服そうだ。最悪な曲だ。全部ドライヤーの声が大きすぎるせいだ。この曲から生まれる賛否両論もドライヤーのせいだ。最悪な曲を消すために音量をあげる。好きな曲が戻ってきたかと思ったが、いつもより音量が大きいせいで細部まで聴こえすぎる。でもドライヤーの声がそれを掻き消して、何だかいつもの好きな曲のようにも聴こえる。目には自分の姿が2つ見える。鏡の蓋を一つ閉めると姿は1人に戻る。自分は2人で十分だ。向こうの自分もこっちの自分も一緒に髪を乾かしている。向こうの自分が不服そうな顔をしていてこっちの自分が笑ってしまう。向こうの自分も笑う。こっちの自分がさらに笑う。向こうの自分も負けじとさらに笑う。向こうの自分は何だか楽しそうだ。曲が変わる。今は気分ではない曲だ。向こうの自分が落ち込んでいる。そんな顔をしないでほしい。こっちの自分が少し笑うと、向こうの自分は何処か元気を取り戻したようだ。気分ではない曲が終わりに近づいてきて、自分の髪もいつのまにか乾いてきた。ドライヤーの声は止んで、好きな曲っぽいものが聴こえる。音量を一つ下げて好きな曲に戻す。父に言われた、断線しないようにするためにコードはきつく締めすぎないことに注意しながらドライヤーのコードを括った。コードは少し暖かく、指がぴりぴりしてくる。髪はさっきより膨らんで、この時にしか見えない自分の姿になっていた。喉が乾いてきた。水を飲むために向こうの自分が動く。こっちの自分も動く。明日またどうせ会うのだから挨拶はいいだろう。向こうもそう思っていることを知っているから、安心して水を飲みに行く。

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