高嶺の花からの誘い

「才賀君……?」

声を掛けられて振り返ると、稀代の美少女とも言うべき少女がこちらを見ていた。

そこにいたのは青みがかった黒髪に紺色の瞳を持つクラス一どころか学校一まである美少女、夜倉杏だった。

「……?聞こえてる?」

予想打にしていなかった展開に数秒固まってしまっていた俺を訝しむように夜倉さんが聞いてくる。

「あ、ああ。夜倉さんに声を掛けられるとは思っていなかったから驚いちゃって。」

「クラスメイトだもん、見かけたら声をかけるよ」

休み前に少し話したときはもうちょっと堅い口調だった気がしたんだが、思ったより砕けた感じの人らしい。

「あのときはちょっと気を張ってたのと、考え事してたから……クラスメイトと話すのに丁寧語っていうのもおかしいでしょ?」

「あれ、俺口に出てた?」

「いや、顔に出てたよ」

脳内の思考に完璧に返されて口に出てたかと思ったが、なんだかエスパーじみたことを言われてしまった。

そんな内容が顔に出ることある?自分がどんな表情をしていたのかめちゃくちゃ気になるところだ。

「才賀君、このあと時間ある?少しだけ時間もらっていいかな?」

自分の表情筋と会話しようとしていたところで、夜倉さんから思いもがけないことを聞かれた。

1歩近づいてきて覗き込むような形で聞いてきたから思いの外顔が近く、つい顔をそむけてしまう。

どういうことだ……?接点とかほぼなかったよな……休み前にほんの少し話しかけられただけだ。

「……今日はちょっと難しいかな、夕飯の時間が近くてそろそろ帰ろうとしてたところなんだ」

「ちぇっ、残念。せっかくだから親交を深めたいなーって思ったんだけど」

「すまん、入学してからひまりとしか話してないとちょうど言われててな、反省してたところなんだ。だから学校でも話しかけてくれるとうれしい。」

「だよねー浩輔君、ひまりちゃんと二人の世界作ってるから話しかけづらいって言ってる子結構いるよ」

「二人の世界って……そんなつもりもなかったんだけどな。って浩輔君……?」

「だめかな……?」

ぐっ……。上目遣いでそう聞かれるとさすがにダメとは言えない。

「だめでは……ない……」

「よかった!私のことも杏でいいからね!」

「呼び捨てはハードル高いから杏さんでお願いします!」

「ふふっしょうがないな。許してあげよう。その代わり連絡先交換してもらってもいい?」

それぐらいなら。と連絡先交換のためにQRコードを差し出す。

杏さんが読み込んでしばらくすると、よろしくっと書かれたアライグマのスタンプが送られてきた。

「あ、あと今日の変わりってわけでもないんだけど、GW明け初日の放課後、もらってもいいかな?」

様々な「よろしく」アイコンを探しては送信してくる中、スマホを見ながらニコニコした顔の杏さんがなんでもないようにそんなことを行ってきた。

本当に一体なんなんだ……?

「予定はないから構わないけど、何か手伝って欲しいことがあるとか?」

「んーそれはその時になってのお楽しみってことにしてもらっていいかな!場所とかはちょっと吟味して連絡します!それじゃあね、またねっ!」


小走りで去っていく杏さんを見送った俺は混乱が収まらない頭のまま帰路につくのだった。

……画材屋行くの忘れてた。

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