膝枕 後編
電車のアナウンスが車内で響いた。
『まもなく――まもなく――』
もうすぐわたしたちの降りる駅。
沖野さんはいつもなら、この辺で一人でに起き上がり、ふらふらと電車から降りていく。
ところが今日は、とても気持ちよさそうな顔をして、わたしの膝の上ですやすや穏やかな寝息を立てている。
困惑半分、嬉しさ半分。
いや嬉しいって言うと語弊があるけれど。
嬉しいって言うのは彼女がわたしの膝の上で寝ている事じゃなくって。
――いやそれも多少はあるのだけれど、一番大きいのは彼女と明確な接点ができたことだ。
例え、それが彼女の寝相の悪さとか、気まぐれとか、そんな理由だとしても。
点と点が繋がったのが、確かに私の心を温める。
それに、寝ている彼女の顔はとても無防備で。
そのうちあだ名にあやかって、キスをしてしまう人が出てきてもおかしくないし、わたしがするかもしれない。冗談だよ。
起こした方がいいのかな。
気持ちよさそうに眠っているから起こすのに罪悪感が少しある。
……それに、もう少しこの状況を楽しんでも罰は当たらない気がする。
なんなんだこの可愛い生き物は。
髪や頬をつまみたい欲求を理性で抑える。
彼女の身長や体格も相まってまるで妹みたいだ
周りと比べて明らかに小さな身長。
その慎重に比例するような、貧――スレンダーな体。
でもやっぱり髪の毛は長い。ちゃんと梳いてるみたいだけど、所々ボサボサ。
……なんか変な感じだ。母性を刺激されるというか、なんというか。
彼女を見ていると変な動悸がして体が熱い。
単にこの状況が恥ずかしいだけかもしれない。
うん、そう、それだ。
……起こそう、起こすべきだ。
思い返せばわたし、彼女が寝ているところに声掛けてたんだし、今更だ。
それにこのままだとなんか……変になる。
おかしな感じ。体の調子が上手くいかない。
わたしのためにも、と恐る恐る声をかけた。
「お、沖野……さん。そろそろ、降りないと乗り過ごしますよ」
いきなり耳元で囁かれる。思わず下から彼女を見あげた。
……いや顔あんまり見えないな。
いやはや、存外心地よくて。
とはいえ大して関わりのない同級生の膝枕で眠りこけてしまうとは、私も危ういなあ、と覚めた頭で考えていた。
頭を彼女の膝から持ち上げて、隣へなおる。
「いいもの、持ってるね。ありがとう」
これはお礼を言われているのか。
若干セクハラな気さえする。
おじさんみたいな口調だった。
「き、気をつけてね」
笑顔でお返事したつもり。
上手くできていただろうか。
彼女はわたしの返事を聞くと、親指を立てた。
それっきり反応はない。
変な人。
でもさっきから顔が熱い。ちゃんと可愛く笑えていただろうか。
まるで恋する乙女みたいなこと考えてるなぁ、なんて駅の階段をゆっくり降りながら思う。
今日は隣を歩いていこうかなって最初は思ってた。
だけど彼女は電車から降りたらそそくさと、危ない足取りで行ってしまう。
それにわたしもなんだか妙な充足感で満たされていて、それが無くなった緩急か、心地の良い気だるさすら覚えている。
脚に残った彼女の体温が消えてしまう前に。
謎に火照った手のひらで、彼女の軌跡にしっとり触れる。ちょっとぬくい。
「……子供体温」
わたしの体温とは違う、それに触れて。
心がほんのり燃えていく。薪ストーブみたいに、薪が爆ぜるようなプチプチした音がする。
なんだか変な気持ちだった。
彼女のことが、もっと知りたい。
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