膝枕 前編

 どうやら私は新手のやべーやつに目をつけられてしまったらしい。

 昨日、今日と引き続き、恐らく同じ奴に声をかけられている。

 まだまだ眠たくて、電車に揺られウトウトしていた頃だった。


「沖野さん……起きてたり、しますか?」


 正しく今から寝るとこでした。

 というか、苗字知っているんだ。となると関係者なのは間違いないか。

 隣から囁き気味に話しかけられて、位置も把握。

 隣に座っているらしい。意外とアグレッシブだな。

 他の乗客に遠慮してか、あるいは目立たないためか、声は控えめ。

 周りを慮る程度の遠慮は持ち合わせているらしかった。私も慮って。

 

「返事がないと、さすがにわたしもちょっと凹んでくるって言うか……あの、その。うーん……」


 なんであっちの方が困惑しているんだろう。

 普通、眠っている人に声を掛けて返事が返ってくるわけないのにさ。

 まさか狸寝入りが見破られてたりするんだろうか、いやまさか。

 かと言って、本当に寝てやろう、みたいな。

 ここからまた一眠りできるような胆力が私にある訳でもなく。

 そもそも、一体全体奴は何者なのか。

 女、若そう。……このぐらいか。

 この状態のままさりげなく奴の情報を探りたい。

 寝相悪いふりとか、良さそうだよね。

 目は閉じたまま、視覚以外の五感をフル活用する。

 匂い……はなんか犯罪めいているから自重する。

 触感……はまあいいだろう、多分。セーフ。

 声がする方向に向かって体を傾けながら、さり気なく頭を乗せた。


「うわわ」


 ――はずだった。

 肩に頭を軽くのせるだけのつもりだったのに。

 身長差が原因か、そもそも距離が案外遠かったのか、私の頭は肩をすり抜け奴の膝へ。

 意図せず膝枕の形になってしまう。

 奴が困惑しているのか、膝をモゴモゴさせていて思いのほか心地よくない。そりゃびっくりするよ。

 膝枕ってこんなもんなのか。


「あ、あの……ね、寝てる?」


 困惑気味の声が上から降ってくる。

 こんな状況になって戸惑っているのはわかる。だって私もそうだから。

 それでも無理やり私の頭を退けようとはしないらしい。案外優しい人なのかもしれないな。

 

 いやしかし、……どうしようか。

 非常に気まずいし、体が変な音を上げている。

 いっそ、いっそか。

 ええいままよ、と思い切り横になり、膝の上で脱力する。楽な姿勢になって少し安心。

 というか……意外と悪くないかも。

 夏用スカートなのか生地が薄くて、肉の感触が直に伝わる。ほのかに温かくて柔らかい。

 奴が動く度、柔軟剤かシャンプーの匂いがして、嗅覚まで幸せで包んでくる。

 先程と一転、これは癖になりそうだ。

 それにこのスカートの感じやっぱり同級生か。

 少なくとも同じ学校の人なのは間違いない。


 薄目で目を開けると、今度は視覚で情報を得る。

 見えるのは横になった世界。向こう側の座席は誰も座っていない。

 ただ、窓から反射している私を見つけて、その上に目的の女を見つける。意外と絵面も悪くない。

 それと、予想通り。同じ制服だ。

 どこかで見た顔なような気さえする。

 少なくとも顔見知り程度ではあるだろう。

 参ったなあ、と顔を覆いたくなる。

 身元不明ではなくなったけれど、教室で変な噂が増えると更に居心地が悪くなってしまう。

 ただでさえなんか変な呼ばれ方をしているのに。

 白雪姫だったか、なんだったか。

 勘違いされてキスでもされたらどうしてくれるだ。

 いやまさかそんなことないだろうけど、がはは。


 ……あー、なんかダメだ。

 途端に色々めんどくさくなる。

 ……まあ、いいか。

 知らない顔ではなかった、とりあえずそれでいいだろう。

 それにこれも意外と悪くない。なんなら結構いい。奴も動きが控えめになって、なんだか受け入れ態勢な感じがする。だったらこのまま甘えてしまおう。降りる駅も同じだし、きっと起こしてくれるはず。というか起こさないと降りれないだろうし。

 ならば、このまま失礼しますよ。

 おやすみなさい。

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