白雪姫 後編

 朝、彼女は六時五十分のバスに乗り、一眠りする。

 その後、駅で降り七時十五分の電車に乗ってまた一眠り。

 八時頃、電車から降りて、怪しい足取りで学校へ進む。

 っていうか半分寝ているんだと思う。


 彼女は学校では有名人だった。なんせ、暇さえあればずっと寝ているからだ。

 通称――白雪姫。名前は沖野かえで。

 小さな体に反してよく寝ている姿を目撃できる。

 寝る子は育たないこともあるのだなあ、と思ったのは、初めてその姿を見た時だったか。


 それでも授業はその限りじゃないらしく、居眠りしているところなんて一度も見た事がない。

 挙手も発言も積極的にするし、グループ学習が起きる時、大抵の場合彼女がリーダー。

 授業外の態度さえ除いてしまえば、素晴らしい優等生だとすら思う。


 そして意外にも彼女の愛想はとてもいい。

 彼女が寝ているとき、クラスの男の子がふざけて彼女を起こしたことがある。

 どこに行っても好奇心旺盛な子達はいるのだなあ、と呆れ半分。

 それとは別に彼女がどんな反応をするのか興味半分。

 わたしも反応が気になって席から様子を見ていたけれど、彼女は比較的穏やかな声で、彼らに対応していたようだった。

 表情までは見えなかったけれど。


 人間味がないなあ、と思う。

 まるで模範的な行動を刷り込まれたロボットのようにすら思える。冷たいオーラ。

 一見温かいのに、徹底して深入りしないその様子、やるべき事以外には全くもって無気力そうな、そんな態度。

 それらが得体の知れない不気味さをより助長させていた。


 彼女は女のわたしから見ても美人だと思う。身なりを整えれば類まれな美人さんに生まれ変わるだろう。

 いわゆる原石ってヤツ。

 鼻筋は端麗で、唇は子供らしい可愛らしさを持っている。目は猫のように大きくて、顔は小さい。

 髪だけが何故か異様に長く。腰、もしくは背中の三分の二程度まで伸びている。

 そもそも彼女自身がとても小さいのも起因している。

 髪は大して手入れしていないのか、ところどころぴょんぴょん寝癖が生えている。

 たまにアホ毛が生えている日すらあるし。

 校則が緩いうちの高校だから見逃されているけれど、外に出ればきっと目を引くだろう。

 

 そんな彼女は所謂一軍……に最初はいた。

 いた――と云うよりは周りが着いてきていたというか。

 でもゴールデンウィーク明けの今日。

 久々の登校日。

 彼女は一人になっていた。

 それでも彼女は気にせず今日も眠っている。

 周りを意に返さない、なのに不思議と愛想はいい。突き放しもせず、関わりもせず。

 ただ、望むがままに眠りこける。

 まさに美しい眠り姫――白雪姫かもしれない。

 

 そんな彼女だけれど。

 つい気になって今朝、電車で声をかけてしまった。

 自分でもなんでそんなことをしてしまったのか。

 それから授業中、彼女の方を見るのが微妙に怖くて。

 こっちを見ているはずないのだけれど、視界に入れないようてんやわんやしていた。

 ――内心、群れない彼女に惹かれていたのかもしれない。

 

 話を戻すと、答えはもちろん沈黙だった。

 でも、ついさっきまで穏やかにたてていた寝息が止まったから、単純に寝たふりをしていたんだと思う。学校内では穏やかに対応していたのに。

 同級生であっても校外だと対応は期待できないのだろうか。

 白雪姫はやはり冷たい。


 友達になりたいな、なんてちょっと期待していたのに。でも一つ、気づいたことがある。

 今日は駅から学校までの足取りはフラフラしていなかった。

 つまるところ、電車内ではあれから起きていたのだと思う。

 ちょっと悪いこと、した気がする。

 ……でも彼女だってわたしを無視したのだ。

 そう、お互い様だよ。というか無視した方が酷いでしょ。


 バスから学校まで一緒なのに。

 彼女はわたしのことを全く知らない。

 おそらく認識すらしていない。


「なんかムカつくなあ……」


 ここまで来ると少し楽しくなってきた。

 当時、声をかけたクラスの男子には呆れたものだけれど、少し気持ちがわかった気がする。

 試してみたいのだ、色々。


「明日、明日だ」


 明日もまた声をかけてやる。うん、決めた。

 むしろ結構接点あるのに、関わりがない方がおかしいのだ。

 これは彼女とわたしの戦いである。

 負けたままなんかでいられない。

 絶対わたしの名前を覚えさせる。

 いずれはわたしの存在を彼女に強く刻んでやる。

 ……あわよくば友達に。

 そして、彼女の鉄仮面の裏側を探ってやる。


 普段、何を考え、何を思い、何をしているのか。

 気になる、知りたい。


 今思えば、最初は子供じみた単純な原動力だった。

 だけれどこうして、お互いの人生を変える出会いをわたしは果たしたのだ。

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