かえでさんはめんどくさい

待雪るり

白雪姫 前編

 自称高校一年生、沖野おきのかえでの朝はそれなりに早い。


 朝六時、ベッドの上で目覚め、二度寝したい欲求に襲われながらも渋々体を起こす。

 流れるように、枕の横に寝かしてあるスマホを開いて時間の確認。

 現在六時十五分。

 ……ちょっと寝坊しちゃった。


 寝間着のまま目をこすりながら部屋から出て、二階から一階に降りる。

 「おはよう」なんて言ってみたり。

 返事が返ってきたのなんて、いつの話だろう。


 広く感じるリビングから洗面所へ向かい、顔を洗う。

 乾かさずに寝たせいか、私の髪はいつもボサボサ。

 わざわざ濡らして乾かすのもめんどうだから、違和感がないくらいには髪を梳き、部屋に戻って制服に着替える。

 寝癖なんて少しあるぐらいが丁度いい。

 今日の時間割を思い出そうと少し立ち止まった。

 

「今日はー……今日は〜……たいくか……」


 たいいく、たいく、どっちが正しいんだろう。

 調べようとは思わないけれど。

 そんなどうでもいいことを考えながら、体操着もカバンに畳んで入れる。

 ここまで大体三十分弱。

 朝ご飯はいつも食べない。


 外に出たらお店の準備をしている近所のおじいちゃんに挨拶をして、バスへ乗る。

 そこでようやく待ちかねていた二度寝を迎えるのです。


 朝七時、バスの車内放送――じゃなくて、いつもの運転手さんに「お嬢ちゃん着いたよ」と声を掛けて起こしてもらう。


「いつもありがとうございます」


 眠気まなこをこすりながらへへへと笑い、運転手さんにお礼を言った。

 少し白髪が混じったメガネをかけたおじちゃん運転手さん。柔和な表情をいつもしている。

 毎日起こしてくれてホントにありがとう。

 まあ、終点なんだけどさ。


 バスから降りて駅へと向かう。

 駅――といっても周りには線路……とフェンス。

 そのフェンス越しに見える少しの住宅。

 前後に見える緑の山々。左右も同じく山しか見えないけれど。

 いつもの田舎って感じの光景。私はこの光景が嫌いじゃない。それ以外の光景、よく知らないから。


 この駅から北に……何キロだったか。

 まあ、それなりに移動して、田舎の小さな学校へと運ばれていく。

 電車も二本乗り継がなくちゃ行けない。


 一本目の電車を待ちながら、スカートのポケットに入っている手帳を握る。

 ふわあっと欠伸をして目を瞑った。


 この中には定期が三つ入っている。

 家から駅までのバス、この駅から街の駅までの電車、そして乗り換える電車の分。

 お金には今のところ困っていないけれど、結構定期代高いよな~……なんて考えているうちに立ちながら眠る。

 

 七時十五分頃、電車が到着。

 お酒には酔っていないけど、千鳥足でふらふら電車に乗る。

 実は東京の電車に乗ったことが一度だけある。

 修学旅行で行った時、なんて言うかは忘れたけれど、自由研究亜種みたいなことをしていた時、地下鉄メトロ? のようなものに乗った。

 とんでもなく混んでいて、押しつぶされそうになったのを覚えている。

 あの渋滞とは無縁のスカスカ具合にいつもひっそり安心していた。

 人がたくさんいるところは疲れちゃうし。

 そして私にとってここの電車はいつでも座れて眠れるものなのだから。

  

 そして……あー、考えるうちに段々めんどくさくなってきた。

 まあ色々、かくかくしかじか紆余曲折を得て、学校へと到着するのでした。


 これが私の変哲のない朝のルーティン。

 学校へ行くまでの隙間時間、そのほとんどを私は眠っている事に改めて自分で呆れた。

 それはともかく。

 私はいつも眠たくて、可能であれば暇な時間はずっと寝ていたい。

 だからこそ、この朝の時間――ルーティンは大切なものであり、自分からわざわざ別の方へ逸れることは無い。

 ……寝坊しなければ。


 何故こんな言い方をするのか、と言われると。

 『稀によくあるよねぇ』ぐらいの頻度でルーティンが崩されてしまうから。


 体質なのか知らないけれど、よく人に絡まれる。

 例えば……そう、最近あった出来事とかだと、駅でよくわかんないおじさんに絡まれた。

 電車から降りる時、道を譲ってあげただけなのだけど、乗り換える時、何故か見送りしてくれていて、大きな声でずっと「ありがとう!」と言っていた。嬉しいけど、怖いよ。 


 他にも諸々あるのだけれど、最近の話はこんな感じ。この人はまあまともな方。

 どうして、いつも私がこういう事に巻き込まれるのか、本当によく分からない。

 見た目……だったりするのかな。

 私の身長、最後に測ったのは高校の入学式直後とかだったはずだけれど、確か150もないくらいだったから。

 それに自分で言うのもなんだけれど、体が薄い。

 見るからに弱っちい見た目をしてて、時代が時代ならカツアゲされてそうな感じがする。

 ……まさかそのうち出くわしたりしないだろうな。


 という感じで、そういうおじさん達(おじさん以外にもいるけれど)を私はやべー奴と名付けている。

 やべー奴と関わるのは非常にめんどくさい。

 というか怖い。できれば相手すらしたくない。

 かといって、無視して何か問題が起きるのもめんどうくさいのだ。

 だから私はいつも相手をしてしまう。

 今の所本気で危機感を感じたことがないのが原因かもしれない。

 結局めんどくさいなあ、と思うだけだから。

 たまに怖いのいるけど。

 よく華の女子高生に絡みに行けるよな、全く。


 つまるところ、何があろうとめんどくさいのだ。

 だったらめんどくさいことは先に潰しといた方がいいよね、ってそんなお話。

 どうせ面倒事は望んでいなくても向こうからやってくるのだ。

 これが私。

 めんどくさがりなよくいる不幸な女子高生――沖野かえでという人間だった。

 

 今日だって……そう。

 電車で寝ていたら絡まれた。一本目の電車じゃなくて、乗り換えて乗った二本目の方。

 おじさんじゃなくて……多分、女の子だったと思う。

 多分、メイビー、ぷらぱぶりー。


 それにしても女の子に絡まれるのは久々だったなあ、とちょっと胸が高鳴る。普段は怖くてドキドキしているけれど、女の子だとちょっと嬉しい。

 いつもはおじさんばっかりだからね。

 あとはたまにチャラそうな男の子。

 女の子と一緒にいるって、こう……なんか、お年頃の女子高生らしいでしょ?


 一人でいる女子高生ってのは中々希少種だと私は思っている。

 本音を言えば憧れている、友達と一緒に過ごす、青春的な高校生活に。

 実際のところ、面倒くささが勝っているけど。

 それに私、コミュ障だから。

 同年代と話すのは苦手。話題がない。

 流行りものとか、お化粧とか、男の子とか。

 その辺私は全く知らない。

 年上とか、年下の方が話しやすくて好きだ。


 ……今日、寝ている私に声をかけてきた女の子はいくつなんだろう。

 結構若そうな感じがしたけれど。

 もしかして、同級生だったりするのかな。

 

「それは嫌だなあ……」


 ……というか、寝ている私に声掛けてくるの変だろ、同年代じゃなくても。

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