憧れ 前編

 帰りのショートホームルーム。

 眼鏡をかけた先生が、元気そうに何かを話している。

 不思議なもので、先生の話は左から右へと抜けていく。少しは興味をもてたらいいのだけど。


 まあ、いいか。

 今考えるべきは一つ。

 明日の朝、どう沖野さんにコンタクトを取ろう。

 また、同じ感じで声をかけてもいいかもしれない。少なくとも接点は出来たのだから。


 肝心の沖野さんはどうしてるだろう。

 沖野さんの方を伺うと、手を止めて先生の話を聞いていた。

 いつも通り、校内限定の真面目な感じ。

 どうしたらそんなに沖野さんが興味を引きつけるような話ができるの先生。

 先生に嫉妬めいた感情すら抱いた。

 先生に嫉妬したって仕方ないけど。


 冷静に考えると、先生の話が面白いから聞いている訳では無いのだろう。だっておもんないし。

 どういう気持ちで聞いてるのかな、沖野さん。

 そういう意味でようやく先生の話に興味を持つ。

 沖野さんが何を考えているのか、知りたいから。


 ……それに彼女の真似をしていれば、普段彼女が何を考えているのか、多少は近づくことが出来るかもしれない。


 校外でのあのギャップも踏まえて考える。

 電車でのフラフラした感じに、微妙に愛想が悪いとこ。流れで膝枕して起こしてあげたあと、謎にサムズアップされたことも。

 学校の振る舞いは絶対素じゃないだろう。

 先生の話だって別に聞きたくて聞いてるわけじゃないでしょ。そうであって欲しい。


 だからとりあえずは先生の話を聞くことにする。

 他には服装やら口調やら、できる限り何もかも真似するべきだけれど、そこまで行くとストーカーの域だ。

 学校内での態度ぐらいなら真似できるし、変じゃないと思う。わたしぼっちだから、彼女みたいに絡まれることもないだろうし。

 それに基本沖野さんは優等生だから、わたしにとっても利益があるはず。

 成績良くなったりしないかな。


「登下校中、気をつけるようにな。熊とか……まあ、この時期は出ないだろうけど。後、寄り道は……高校生だしいいか! 解散!」


 ノリが軽い先生だなあ、ってよく思う。

 吹奏楽部の顧問の先生で、担当は数学。

 確かアラサーとか何とか、人気な女の子達にからかわれていたのを覚えてる。

 

「ん……。伊藤さん、どうかした?」


 見つめすぎていただろうか。

 クラスの人達が解散していく間、わたしはずっと先生を見ていたらしい。

 悪い癖だ。親にもよく言われる。

 あんたは集中しすぎると出てこなくなる、って。

 幸い教室には誰も残っていなかった。

 変な目で見られることはない。……先生以外は。


「あー……伊藤さん? 伊藤あきさん! 聞こえてる?」

「あっ」


 先生が少し大きな声を出して、やっと意識がうつつへ戻る。

 自省したそばから何してるんだ、わたし。

 気まずそうに先生が頬をかいていた。


「ど、どうした? 死んだ魚の目してたぞ?」

「ごめんなさい、ボーッとしてました」

「そ、そうか? ポケモンバトルでも始まるかと思ったよ」

「ご、ごめんなさい。せんせ、また明日」

「お、おう。帰り道ぼーっとしないようにな」


 慌てて席から立ち上がって、廊下へ飛び出す。

 廊下にはもう誰もいない。

 みんなとっくに荷物をとって各々の道へ行ったらしい。

 自分のロッカーの前に立ち、荷物をカバンに詰め込む。

 先生も言ってたけど、帰り道、気をつけないと。

 今日はなんだか調子がヘンだ。

 ん、帰り道……そう、帰り道……帰り道?

 ――行きも帰りも……バスから一緒。


「あーっ!」 

「ど、どうしたどうした! 伊藤さん、なんか嫌なことでもあったのか!?」

 

 廊下を渡っていた先生が慌てて戻ってくる。

 息を少し切らしていて、訝しげな視線をわたしに向ける。

 いやいや、先生。今わたしは大事なことに気づいたんです。思い出した、のが正しいかもだけど。

 そうだよ、登下校、道中全く同じなのに。

 どうして気が付かなかったんだ……!


「先生のおかげで当たり前のことに気が付きました!」

「お、おう……。だ、大丈夫か? ……親御さん呼んで迎えに来てもらうか?」

「いえ! 急ぐんで!」


 ロッカーから慌ててカバンを取りだして、昇降口へ向けて全力ダッシュ。途中でカバンをしっかり締めていない事に気づいて慌てて締める。

 昇降口から飛び出す時、後ろから「転ぶなよー」と呆れた声が聞こえた。

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