もしかして
「か、かえで……お風呂、わいてます」
いつの間にか着替えたのか、ネイビーな色をしたパジャマをしたあきがこちらを見ている。
制服や体操着以外の同級生は中々新鮮で、少しモヤがかかった頭にもすっと事実が入ってくる。
「ほんとにあき、泊まるんだなあ」
「えっ……やっぱダメ、とか」
「ううん、しみじみしてたの」
「シミジミ……アサリのお味噌汁……とか」
「せめてしじみじゃないの?」
真剣な顔してとぼける辺りは実にあきらしい。
それはそれとして、あきのお味噌汁おいしそう。
うどんも大変美味でした。感謝感謝です。
「しじみ汁もいいね」
なにやら納得した面持ちでうんうん、と頷いている。もう意識は明日の食事にあるらしい。
「パジャマ、可愛いじゃん」
「お、おひよい!」
いつもの奇声、もはやこれを求めてすらいる。
何か依存物質的なものがあきの声帯から発生しているのではないだろうか。
なんとかのゆらぎ的な感じで。
「着替え、どうしたの?」
「お、お母さんに持ってきてもらいました」
「そっかあ、お風呂まで沸かしてもらっちゃってありがとね」
皿洗いとかさ。そして多分、ベットの周りの洗濯とかもしてくれている。
意外にもあきさんは生活力に溢れている。
本当に同じ女子高生だとは思えない。
想像上のあきもエプロン姿がとっても似合っている。制服の上にエプロン。素敵だね。
「いいお嫁さんになるね、あきは」
「……別に」
こういう時、いつもは挙動不審になりながらお返事してくれるけれど、今回は違い、少しツンとしている。初めてみるパターン。
「お嫁さんとは……限らない」
「家事手伝いとかでいいんだ?」
「そうじゃない……けど」
顔を赤くする所まではいつも通りだけれど、態度はツンツンしていて妙に意固地だ。
本人は素敵なお嫁さんという評価に納得がいかないらしい。らしくないね。
「まあ、なんでもいいけどさ。先に入ってもいいよ。あ、なんならさ」
一呼吸おいて、わざとらしくあきをからかう。
この妙な空気を一気に吹き飛ばしてくれるような、普段と同じリアクションを期待して。
それに、もしかしたら一緒に寝よう、よりも効すかもしれない。なんてね。
「一緒にお風呂、入ろっか?」
「さ、さささすがにからからかか、からかいすぎぎぎぎだよ」
下を向いて挙動不審にプルプル震え出したあきを見届けて、ようやく食べ終えて空になったお茶碗を水につける。あきは未だに微動だにせず……いや、ずっとぷるぷる震えていて動かない。目にめえて動揺している。少し頭を叩いたら噴火でもしそうだ。
「そうそう、あきはこうじゃないと」
少しの安堵を覚えていた。
制服じゃなくても、体操着じゃなくても、見慣れない姿でもあきはあき。いつもいつでも鮮度十分のリアクションを提供してくれる。風邪なんか直ぐに吹っ飛びそうなぐらい、気持ちいい風を真正面から発生させている。
風邪が治ったらきっとあきは残念がるけど。
……字面があまりにも悪役だ。
「は、入ります……って言ったら、どうするの」
「んー、別にいいけど」
あきをからかって投げかけたピンポン球。
ラリーが帰ってくるのは初めてかもしれない。
いつもは遠くへ飛んで行って、あきはそれをその場で見上げている。そんなあきが球を返してきた。
なんでもない様な顔をしながら少し感慨深いものを覚える。それと同時に違和感も抱く。あきらしくない、妙な感じだ。さすがにからかいすぎて、耐性が着いてきたのか。
「わ、わたし以外でも、そう言うの?」
顔を赤くして涙目になったあきがこっちを見て言う。しっかりとした眼差しだった。少し拗ねているようにも見える。
「ごめんごめん、からかい過ぎた。でもさ」
別にね、と続けてあきに正面から見合う。
いつもは目を逸らすあきが、今回ばかりは逸らしそうになくて少し戸惑う。
あきの瞳をこんなにも直視するのは初めてだった。目の奥の茶色い色彩が左右に揺れている。
その中には確かに私がいた。透き通った、見通すような真っ直ぐな視線だ。
「私はいいけど」と言いかけた口が思わずすぼむ。
曇った頭が全力で回りだす。どうしたものかと、考えていた。
あきには私が想定した以上に言葉を重く捉える節がある。それを自覚してからかう私も私だ。
でも今回ばかりはそれを軽く想定し過ぎていたのかもしれない。キャパオーバーしてしまったのか、あきの秘めたる底が溢れ出して来ているように見える。色々限界だったらしい。
「うーん……」
「ど、どうなの」
「私は別にいいんだけど、あきはそうじゃ、ないのかもねぇ……」
濁った頭から出る言葉は当然濁っている。
健常な状態でも上手く返せる気はしないけれど
「答えになってない……よ」
「まあまあ、そんな事も度々ありますよ、私はお風呂に入ってきますからね」
逃げるように席を立つ。いつもと空気が違う感じがして、一応最後に一言添える。普段と同じ調子で、からかうつもりで――確かめるつもりで。
「入りたかったら来てもいいよ、少し狭いけどね」
文字通り赤裸々トークと行こうぜい、と後ろに手を振り、リビングを後にする。普段のあきなら奇声の一つや二つ上がってもいい頃合だ。だけど、今回ばかりはそうじゃない。……これはいよいや自惚れじゃないのかもしれない。
もしかしたら、多分、あきはきっと。
下へ降り、お風呂の仕切りを下ろしていると、階段をドタドタ降りてくる音がする。
まじかよ。
「わ、わたし! シャワーもう……借りてたから、ゆっくりどうぞっ!」
そりゃ、とっくに着替えてたしなあ。
慌ててやってきたあきが仕切りの隙間から手を突き出して、私に着替えをパスしてくる。
見覚えのない、手触りのいい生地をしたパジャマ。あきと色違いのものだろう。
家には多分ないものだ。あき、もしくはあきのお母さんが持ってきてくれたのかな。
別にバスタオルで上がるつもりだったけれど。
細かいところまで気が利くなあ。
「ありがとね」
「う、うん」
間違っても一緒に入らないの、なんて言えそうになかった。やっぱりこれは、自惚れじゃない。
もしかしてあきは、私を本当の意味で好きなのかもしれない。
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