お弁当

 ここ数日、基本的にずっと私はあきと一緒にいる。少しずつ生暖かくなってきた、そんな六月。

 じめりとした感触が肌に残る日だった。


 あれから私たちの関係もまた少し変化した。

 関係が積極的になったというか。

 今までとは違い、接極的にあきへ話しかけるようにしていた。あきはあまり話しかけてはくれないから。近くによってきて、声をかけられるのをじっと待っている。待て、って命令されたわんちゃんみたい。


 少しは距離が縮まっているとは思うけど、相変わらずあきはカチカチだ。その割には表情はぬるぬる変わるけど。

 からかい甲斐があって凄く楽しい。何度も言うけれど、とにかく表情が変わる女の子だ。

 授業中や、普段の態度からは想像できないぐらい情緒豊かで、紅くなったり青くなったり、明るくなったりする。

 笑うとすぐ顔を隠してしまうけど、確かに私はあきと友達になれたのだと思う。


 それと、一つ面白い事実を知った。

 あきが壊れたあの日のその後、ずっと後ろを力無く着いてくるものだから、どうしたものかと思っていたけど、まさか全く同じ道で通学しているとは知らなかった。

 眠ってばかりでろくに周りを見ていなかった自分に飽きれて仕方がない。それにしても奇妙な縁だ。


「あきって私と中学一緒じゃないよね? もしかして同じ?」 


 移動教室へと向かう時間、あきにそんなことを聞いてみる。

 気になったことはすぐに聞くようにしていた。

 あきの私との会話の練習も兼ねている。

 あきは何故かわたしとスムーズに会話ができない。本人も理由は分からないとの事で。他の人とかはそんなことないらしいのだけど。


「んー、違う。震災で被災した時に街から引っ越してきてさ。でも学校はそのまま街の方に通ってたんだ」

「あ、んと……ごめん」

「へ、平気! うちは大丈夫だったから。……家は壊れちゃったけど。か、かえでこそ、大丈夫だった?」

「あー……」

「…………ごめん」

「ちょちょ、違うって。大丈夫。そもそも山の方だしさ」

「……そっか。良かった……」 


 へへ、と下手くそな笑顔であきが笑った。



 

「そういやかえではなんで寝てばっかなの?」


 お昼休み、空き教室で一緒にご飯を食べていた。

 あきはお弁当で、私は小さなおにぎり二つ。

 あきはそんな私にもっと食べて、とおかずを分けてくれるけど、元々少食なのもあってそこまで苦労はしていない。過保護だなあ。


「……あ、あーん」


 控えめに突き出された箸には卵焼きが挟まっている。あきの方を見ると真っ赤になりながらこっちを見ていた。少しは目を合わせてくれるあたり、多少は慣れてきたらしい。


「んー! うまー……」


 遠慮せずに飛びついて、甘味で口の中が一杯になる。砂糖で味付けされた、玉子焼き。

 お母さんが作ってくれているらしい、あきのお弁当。中には冷凍食品が見当たらなくて、溺愛されているのがよくわかる。

 もちろん、冷凍食品が入っている時もあるけれど、それでも基本的にはお手製のものばかりで。

 そんなお弁当をいただいてしまうのは少し罪悪感がある。きっとあきのお母さんはあきの為に作っているのだから。

 

 だからこそ、大袈裟に喜ぶぐらいはしなくては。

 それに実際美味しかった。

 いつもわかりやすい、あきの真似をして。

 少なくともあきは隠そうとした上で露見しているのだから、全然違う感じになってしまうけど。


「そ、それで、どうして?」

「んん、なんの話しだっけ」

「なんで、いっつも寝てるのかなって」

「あきがいる時はあんまり寝てないよ」

「……席に向かうといっつも寝てるのに」 

「努力はしてるんだけどな。あきと沢山話したいし」

 

 少し口を尖らせて、拗ねてみる。

 話的にはあきはまったく悪くないし、なんなら悪いの私だし。


「べ、別に責めてるわけじゃなくって! わ、わたしもかえでと話せて、う、嬉しいから!」


 そんな見え透いたトラバサミは上から圧倒的な質量で押しつぶされる。

 あきにはきっとブレーキが付いていない。

 いつも全身全霊で、真正面から気持ちをぶつけてくる。

 加減がわからなくって、たまに吹き飛ばされてしまいそうになるぐらい。

 自惚れているかもしれないけれど、あきは私のことがかなり好きらしかった。どうしてなんだろう。


「逆にさ、あきはなんで私といるの?」


 おにぎりを頬張りながら、あきへ問う。

 今までずっと気になっていたこと。どうして私になんか付きまとっていたのか。

 返事を待ちながらおにぎりを頬張る。

 中から梅干しが出てきて、少し噛む。酸っぱい。


「……あき?」


 そういや返事がないままだ。隣を見ると既視感のある赤色が一つ。さっき少し齧った梅干しそっくりで、何故か箸とにらめっこをしている。

 

「……あき?」

「ご、ごめんなさい……」

「えっえ、なになにどしたの」

「この箸……かえでが口に入れたヤツ……」

「ん? あ、……もしかして潔癖だったりする? ごめん、口に入れちゃった」


 ごめん、と顔の前で手を合わせてあきに詫びる。

 確かに無遠慮な行動だったかもしれない。

 今まではラップの上にのせてくれていたけど、今日は口の前まで箸で持ってきてくれたから、てっきりそういうことなのだと思ってしまった。


「割り箸、貰ってくるね。ごめんね汚くして」

「ちっちが! ちがう! 綺麗だよ! キレイ、ほらっキラキラしてる!」

「いやそれはどうかと思うけど」

「ご、誤解……、平気! ただ……その」


 観念したようにあきが項垂れて、箸を仰々しく両手に載せる。まるで懺悔でもしているような雰囲気だった。


「かえでに申し訳ない……から」

「それこそなんで……」

「か、かかか」

「きくけこ?」

「……もうっ、なんでもない」


 ちょっと揶揄っただけだけど、拗ねてしまったのか顔をぷいと横に向ける。表情だけじゃなくって、ころころ態度が変わって面白い。まさか間接キスとかで悩んでたりしないだろうな。高校生だよ。


「お箸貸して」

「あ、うん……」


 さっきまで拗ねていたのに、随分素直な態度で箸を私へ差し出す。情緒がいかれてる。


「目、瞑って」

「え?」

「瞑って」


 戸惑いつつもやっぱり素直に目を瞑る。どうやったらこんなに素直な子に育つんだろう。

 やっぱり家族に愛されているんだろうな。

 ……良かったね。


「はい、あーん。目は閉じたままね」

「あ、あーん……」


 悪戯心が湧いてきて、ちょっとしたイタズラをあきに仕掛ける。今度はどんな表情が咲くんだろう。


「すっ、すぱっぱっぴゃ――!」


 口に入れた瞬間、口をすぼめたあきが声にならない悲鳴をあげる。今まで見た事ないぐらい真っ赤になったあきが肩で息をしている様子を見て、我慢できず吹き出してしまう。


「か、かえで! 何したのっ……!」

「う、梅干し……ふふっ、私の……おに、おにぎりのっ……」

 

 声を上げてこんなに笑うのは久しぶりで、背中にじんわり変な汗をかく。あきに負けないぐらい私も赤くなっているかもしれない。


「単体はいくらなんでも酸っぱいよ………!」


 情けない抗議の声が部屋に響く。これ、隣の教室まで聞こえちゃうな。まあ、いいけどさ。

 ああ、なんだろう。やっぱりあきに声をかけてよかったな。

 今、私は最高に楽しいぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る