第36話

 怒った海凪さんに、誰も何も言えなくなった。静まり返った教室で、彼が私のことを見てニコリと笑った。


「やっぱり両親も復讐の対象に入れて正解だったでしょ? どんな育てられ方をしたら、こんな思考回路になるのか聞きたくなるよ」


 きっとそれはお互い様だろうな……なんて、絶対に言ってはいけないことを思う。


「――待って、どういうこと? 両親を人質に取ろうって提案したの、栗花落さんじゃないの……?」


「――誰がそんなこと言ったんだい?」


 首を傾げる海凪さんを見て、思わず笑ってしまう。確かに誰も言っていないけれど、普通に考えたら私の案だと思うだろう。


「全部僕の提案だよ? 澪ちゃんが復讐する覚悟を決めさせたのも僕だし」


 その場にいる誰もが目を見開いていた。そんな生徒たちを気にすることなく、海凪さんは言葉を紡ぐ。


「澪ちゃん優しいんだよ。君たちにだけ復讐出来ればそれでいいって、そう言ってたんだ。だから、僕が復讐心を植え付けた。恨むなら澪ちゃんじやなくて僕を恨むんだね」


 本当に優しいのは海凪さんだ。庇わせてしまった。私がこれ以上責められないように……


 きっと、今迄の私なら、この優しさに甘えていた。海凪さんの言葉に頷くだけだった。


 けれど、もうそんな弱い自分ではいたくないから――


「最終的に決めたのは私だよ。私の意思で、この復讐を決めた」


「澪ちゃん……」


「もう、泣いてばかりの私でいるのはやめる。ここからはもう……ただの復讐者として、彼女たちと向き合うよ」


 心配してくれていることが、痛いほど分かる。それでも、ここで私が変われなければ、復讐をしたとしても意味がない。これは……私が一歩でも前に進むための……試練だ。


「――海凪さん、彼女たちに言いたいことはもうない?」


「じゃあ、最後に少しいい?」


「うん、もちろんだよ」


 海凪さんが何を言うのか、純粋に気になる。彼は大人だから、きっと彼女たちを叱る。甘やかしたりなんてしない。まあ、今更態度を改めても、もう全て手遅れなんだけど。


「僕がこの学校に来たのは、澪ちゃんの復讐を手伝うため。澪ちゃんは学校という小さな世界でさえ上手くいかないのなら……と悩み苦しみ、自殺を選択しようとした」


 誰も口を開かない。開くことが出来ない。海凪さんの言葉自体もそうだけど、彼の表情が……とても辛そうに見えた。誰も、彼を責めることが出来ない。


「だけど、僕はこの学校という小さな世界で、自分とは違う考えや価値観を持った人間を省き、集団で一人を攻撃して優越感に浸っている君たちの方が、苦しみながら死ぬべきだと思う」


 生徒たちは何も言わない。その代わり、画面の向こう側で大人たちが吠えていた。海凪さんは冷たい視線を送る。


「――未だにこの状況を正しく認識出来ていないようだね? あなたたちの命は僕たちの手の上にあるということを、頭の片隅にでも入れておいた方がいいと思うけれど」


 理解出来ているけれど、自分の子どもが悪く言われたら、黙っておけない。そういうものなのだろうな。


「あまりにうるさかったら、あなたたちだけ首を飛ばしますからね。少しでも長く生きていたかったら……少し黙ってください」


「海凪さん……今だけミュートにしたらどう……?」


「そうだね」


 私の言葉に頷くと、彼は音をゼロにした。


「うるさい大人たちのせいで中々進まないけれど、君たちが想像している以上に、大人の世界は地獄だ。こんな小さな世界じゃない。もっともっと広くて残酷だ」


 幼い頃の辛い思い出があるからだろう。その言葉には説得力があった。


「学校という小さな世界で優越感に浸っている暇があるのなら、勉強をして自分の知識を広げたほうが、大人になった時に役に立つよ。もし生まれ変わったら、そうしてみるといい。もう今世では出来ないことだからね」


 この言葉で、ここにいる全員が死ぬということが確定した。けれど、追い込まれた人間は、簡単なヒントにさえ気付けない。


「――僕からはそれだけ。後はまあ……仲の良いお友達と殺しあって、思う存分絶望しあってくれたまえ」


 そう言うと、彼は音量を上げた。


「澪ちゃん、貴重な時間を借りちゃってごめんよ。僕はとりあえず大丈夫かな。中々進まなくて申し訳ないけど、説明からお願い出来るかな」


 ――ゲームが中々始められないのは、海凪さんのせいじゃない。それでも彼は優しいから、私のことを庇ってくれた上に、優しく言葉をかけてくれる。本当に感謝しかない。


「うん、分かったよ。それじゃあ、ルールの説明をするよ」


 私は海凪さんに合図する。海凪さんはそれに頷くと、例のダンボール箱を開けた。


「中身、気になってたよね? 教えてあげるね」


 そう言うと、ダンボール箱をひっくり返し、中身をぶちまけた。そこに入っていた物は、使い込まれたナイフだった。


「このナイフで、これから殺しあいをしてもらう。制限時間は無制限……だけど、あまりダラダラされると、イライラして私が殺しちゃうかもしれないから、飽きない程度でよろしく」


 飽きない程度って何だろう……と、自分で言っていて思う。


 けれど、私は友情ごっこが見たいわけではないから、いらないことをされたら本当に殺してしまうだろう。だから時間は与えるけど、スムーズに進めてほしい。それを理解してもらうのは、難しいと思うけど。


「そうしたら、ペアを作ったよね? 五分あげるから代表者選んでここに一列に並んで」


 私は黒板に貼ってあったキッチンタイマーで、五分測る。長いようで短い。考え事をしていたらあっという間だ。


 きっと頭の良い人なら、並んだ後に何をするのか、想像がつくはず。だから、くじ運が良い人を代表にするだろう。


 着々と代表者が決まっていく。ここに並ぶのは早いもの順だ。まあ、早く並んだからといって、絶望が希望に変わることはないんだけど。絶望がより絶望になるか、少し和らぐかの違いだけ。私がこれから彼女たちにさせようとしていること、それは――


「全員並んだね? それじゃあ、ここに番号が書かれたクジがあるから、並んだ順に一人一つ引いて。引いてもその番号は見ずに、ペアの人のところに戻って。いいね?」


 代表として並んでいる全員が、私の言葉に頷いた。やっぱり、海凪さんの言う通りにして良かった。親の命がかかっているとなると、皆従順だ。友人より親を選ぶ。結局、友情なんてその程度のものなんだよ。


 改めて思うとバカバカしくなる。そんなものを得るために、人を省いていじめていたこいつらも、そんなものが欲しいと少しでも思ってしまった自分も、本当に救いようがない。


「手元にちゃんとあるね? そうしたら、ペアの子と番号を確認して」


 全く……ここまで来るのにえらく時間をかけた。海凪さんが細工をしてくれたのだろう。まだ、外から人が来る気配はない。誰か来る前に終わらせなければ――


「黒板に名前を書いていくから、順番に手を挙げて」


 それから十分が経ち、ようやく書き終える。手が痺れた……最悪。


「大丈夫かい? この先の書き物は僕がするよ」


「本当? それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 海凪さんが頷いたことを確認し、私は前へ向き直る。これから復讐が始まる。これでもう……理不尽なことから解放される。


「ふふっ。それじゃあ、結構な時間を要したけれど、そろそろ始めよう。引いてもらったこの番号は、きっと察しているだろうけど、殺し合ってもらう順番だ。二人が殺しあっている間、他の人は待機。終わったら次の順番の人たちが殺し合いを開始する。このゲームはただそれだけ。――準備はいいかい?」


 私の言葉に、クラスメイトは少しだけ戸惑いを見せた。いいはずがない。本当ならばしたくない。そう思っているはずだ。それでも、代表者としてくじを引いた者は、皆覚悟を決めていた。先延ばしにすればするほど、恐怖が伝染していくと理解しているから。


 一番を引いてしまった生徒が、ゆっくりと頷いた。それを合図に、私は言った。


「――それじゃあ、ゲームを開始しよう」

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復讐は死んだあの日から始まった 紫苑 @sion0624

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