第35話

 殴られた衝撃で、私は思わず後ずさる。それを見た海凪さんが、天沢の指を飛ばす。痛みで悲鳴をあげる天沢の首元に、血のついたナイフを当てる。


「澪ちゃんの言葉に従って今は殺さない。けど、次に彼女に危害を加えたら、その瞬間に僕が君を殺す。分かった……?」


 その言葉に、天沢は震えながら頷いた。これで少しは本気だということが伝わっただろう。


「全く……顔がひしゃげたかと思ったよ」


「――澪ちゃん、大丈夫かい?」


「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 さて……そろそろゲームに移ろう。


「他に質問のある人は?」


 クラスメイトを見るが、口を開こうとする者はいない。恐怖でそれどころではないのかもしれないな。


「――それじゃあ、もう一度説明するよ」


 私は黒板に文字を書く。


『Game of death』


「死の……ゲーム?」


「そう。ゲームは何個か用意している。さっき言ったけど、最初は殺し合い。一人になるまで殺しあってもらうとはいったけど、ずっと斬り合って欲しいわけじゃない」


「私たちに死んでもらいたいんじゃないの」


 この状況で口を開ける人間が少ない。天沢、九条、鬼屋敷、柊……この辺りか。


 そして、その質問は天沢からだった。


「――うん、死んでもらいたいよ」


 当たり前だ。自分のことをいじめていた奴に、生きていてほしいと願う人がいるはずがない。顔も見たくないほどに死んでほしいと願う。だけど、簡単に死なれたらつまらないから――


「見てみたいんだ。死の淵に立たされた人間の本質というものを――」


 このクラスは、仲が良い人同士が集まっている。きっと、直ぐに殺し合えと言われても、動けないし殺せない。


 だけど、ここで最悪なのは、やらなければ殺されると分かっていること。両親の命が人質に取られている。やらなければ……死ぬ。生きていたいのなら、相手を殺すしかない。


 海凪さんと一緒に考えたとはいえ、本当に最悪なことを考える。


 けれど、ここまでされて当然のことをこいつらはした。死んで当然だろ。


「生き残った人たちで、次の遊戯ゲームに進んでもらう。その説明は、今から始めるゲームを終えたらにする。両親の命を背負って……頑張って殺しあってね?」


 ニコリと笑う私に、天沢たちは絶望していた。すると、先程まで黙っていた生徒たちが、わなわなと身体を震わす。


 これは――


「どうして……私はあなたに何もしていない。傷付けてなんていないのに……」


「――うん、そういう意見がいつか出てくるだろうなとは思ってたよ」


 中々進まない。


 けれど、仕様がないと私は納得する。


 死にたくないもんな。誰だって死ぬために生まれてきたわけじゃない。殺されるために生きてきたわけじゃない。こんなことをするために、今日学校に来たわけじゃない。全部……全部理解出来る。気持ちは痛いほど分かるよ。


 けれど、今の私にはそんなこと関係ない。私だって、いじめられるために生まれてきたわけじゃないから。


「――いじめの四層構造って知ってる?」


 その生徒は首を横に振る。まあ、私たちはまだ高校生で、学ぶ機会なんてないから知らないだろう。私の場合は……同じ境遇の人が居ないかネットで調べていたら、偶々見つけて知ったんだけど……


「いじめにはね、加害者と被害者。それに加えて観衆と傍観者がいるんだよ」


「それが……何?」


「君はさぁ、栗花落澪がいじめられていたことを知っていたよね?」


「あれだけ分かりやすくやってて、気付かない人なんていないでしょ」


「――ほら、今自分で答えを出したじゃない」


 人っていうのは、予想外の出来事が起きると、笑ってしまうくらい素直になるんだなぁ。まあ、実際問題、気付かなかったは通用しないけれど。


「つまり、その四層構造の中の傍観者に入ってるんだよ。だから、君はいじめに加担していた。理解出来る?」


「そんな横暴な……」


「私からしたら、このクラス全員いじめの加害者だよ。安心したよね? 私っていう人間がいる限り、自分が標的にされることはないんだから」


 どうしてだろう……ふつふつと怒りが込み上げてくる。こんなことしていないで、早く殺し合いに移りたいのに……ダメだ、抑えられない。


「――澪ちゃん。我慢しないで吐き出しちゃいな。どうせもう少ししたら死んじゃうんだ。死なれる前に、溜め込んでいたものをぶちまけちゃおうよ」


 私の気持ちを汲み取ってくれた海凪さんが、優しい言葉をくれる。本当に私が欲しい言葉をいつもくれる。海凪さんには感謝してもしきれない。


「自分たちがその対象にならないように、毎日必死だったよね? 私のことを助けたら、自分が標的にされるかもしれない。その可能性があったから、私のことを助けようともしなかった……」


 笑えてくる。今更言ってももう遅いのに……


「私という人間が嫌いだったからかもしれない。それでも、何もせずただ見ていただけの君が傍観者であることに変わりはない。それなのに、何もしていないから解放しろだなんて、そんな虫の良すぎる話……あるはずないでしょ」


「だからってこんな……殺し合いをさせるほどのことじゃないでしょ……!」


「――それ、本気で言ってるのかい?」


 その声は私ではなく海凪さんだった。思わず彼のことを見ると、よく分かるほど怒っていた。


「ごめんね、澪ちゃん。全部ぶちまけちゃいなって言ったけど、少し我慢ならないから……僕が言ってもいい?」


「う、うん……別にそれは構わないけど……」


 怒っている海凪さんの言葉を、否定してはいけない気がした。私は一歩後ろに下がる。何となく……前に出ていてはいけないと思った。


「君は……事の重大さを未だに理解していないようだね? 自殺者を出した。その時点で立派な殺人なんだよ。ただ、事件の内容が僕たちがしようとしていることの方が大きいというだけ。殺人犯であることには変わりないんだよ」


「殺人犯だなんてそんな……私は誰も殺していない……! 栗花落だって生きてるじゃない! それなのに、こんな――」


「澪ちゃんはね……死ぬ寸前まで追い込まれたんだ。死ぬ場所を探していた時に……僕と出会った。僕と出会わなければ、きっともっと早くに自殺して、本当にこの世を去っていただろう」


 真面目な顔で話すから、本当のように聞こえる。私にそんな勇気はなくて、死にたいけど死ねないということを、海凪さんには話してある。それを踏まえてだから、こうでも言わないとこの人たちが納得しないと、分かっているのだろう。


「人を自殺に追い込むまで精神を壊しておいて、よくそんな言葉が吐けるよね。反吐が出るよ」


 海凪さんはそう吐き捨て、冷たい視線を送った。



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