第34話
私の素顔を見た瞬間、クラスメイトが急にどよめき立つ。教室内が騒然とする様子を見るに、誰も気付いていなかったことは、一目瞭然だった。
「初めまして、ではないか。久しぶり……と言えばいいかな。どう? 死んだと思っていた人間が、こんな近くにいた気分は」
「――最悪な気分だよ」
鬼屋敷が間髪入れずに答えるから、思わず笑ってしまう。
「おや? 私は最高の気分だけど」
クラスメイトの顔が絶望に染っていく。それを見て気分が昂らないほうが不思議だ。
「さて……私が素顔を見せたんだ。これから何が起こるのか、予想はついたかな?」
「――復讐?」
誰かが呟いた。その声が小さくて、誰かは分からない。
「そう、正解! 当たりだよ」
私は拍手した。海凪さんも一緒にしてくれた。
けれど、クラスメイトは絶望からか、何のリアクションも起こさなかった。私は思わず首を傾げる。
「……? 大丈夫? 生きてる? まあ、死んでるなら死んでるで、別に構わないけど」
私は海凪さんのことを見る。彼は頷き口を開いた。
「反応が無いけど、これから君たちにしてもらうことの説明をするよ」
私たちは反応を待たずに言葉を続ける。待っていたらキリがないから。
「これからしてもらうことの説明をする前に、二人組になってもらえるかい?」
海凪さんの言葉に、クラスメイトは戸惑いながらもペアを組み始める。その光景を見て、私の口角は思わず上がる。
私が言うより海凪さんが言った方が、この人たちは従う。海凪さんが私側だと……思いたくないから。海凪さんなら助けてくれると……信じたいから。
それから少しすると、ほぼ全員がペアを組めた。けれど、人数の問題からか一人だけ余った生徒がいた。
「あれ、柊さん。相手決まらなかったんだ」
その生徒は柊杏咲だった。柊は恐怖よりもペアが組めなかった悲しさからか、その瞳に涙を浮かべていた。
「――お友達とペアを組めなかったことに対してなんだろうけど、今はそれで良かったんじゃない?」
「えっ……?」
「だって……この後ペアの相手と殺しあってもらうんだから」
私はさらりと告げる。その言葉に誰もが騒がずにはいられなかった。ペアを解消しようとする生徒もいた。まあ、仲の良い子と殺し合うなんて、誰だって嫌だろう。
だけど――
「後先考えて行動しなよ」
私は海凪さんに視線を送る。彼はニコリと笑うと「了解だよ」と言い、解消しようとした生徒に近付く。その手にはナイフが握られていた。
「先生……嘘、ですよね」
「この状況で嘘のはずないだろう? ふふっ。澪ちゃんの復讐の一番最初の犠牲者になれるんだ。幸運に思うといいよ」
その瞬間、海凪さんは何かを引き抜いた。二人の生徒の首から血が垂れる。
「え……」
ほとんど何も言えぬまま、生徒の目がグルンと回り、どシャリと音を立てて崩れ落ちた。
一呼吸に二人も……本当に海凪さんは凄い。きっと、彼にそれを言ったら殺し屋なんだから当然だろう? と平然とした顔で言われそうだけど。
改めて海凪さんの凄さに感心していると、テレビ画面奥から狼狽する声と、怒りの声が聞こえてきた。この生徒二人の両親だろう。本当に……誰一人として、自分たちの置かれた状況を理解してないんだから――
私は懐に忍ばせておいたボタンを押す。その瞬間、テレビに映っている両親の頭が吹き飛んだ。バシャりと血が飛び鮮血が舞う。近くに座らされている大人は悲鳴を上げる。そして、教室内も悲鳴で包まれた。
「説明する前に勝手なことしようとするからだよ。人の話は最後までちゃんと聞かないと」
自分だってまともに教師の話を聞かないのに、こういう時だけ詭弁を垂れる。仕様がないとはいえ、自分のことが更に嫌いになる。
「もう分かったと思うけど、あなたたちが死んだら、画面の向こう側にいる親が死ぬようにしてある。あなたたちが死なない限り、御両親の首は飛ばないから安心してよ」
「全然安心できないけど」
その声は柊だった。私はそれを無視する。
「あなたたちが勝手なことをすると、海凪さんがあなたたちを殺す。あなたたちが死んだら私がこのボタンを押して御両親の首を飛ばす。ただ、それだけだよ」
「――ねぇ、聞いてもいい?」
その声は九条のものだった。
「おや、九条さん。もちろんいいよ」
「両親の首を飛ばす条件は、勝手なことをした場合、そして殺し合いに負けた場合。それ以外にある……?」
「――ないかな」
特に思いつかなかったから、首を横に振る。
「そう……それなら、最後に聞かせて」
「うん、構わないよ」
私は頷いた。きっとこれが、鬼屋敷や天沢だったら、良い顔はしない。九条さんだから許せる。
「私とお昼ご飯食べた時……何を考えていたの……」
その声は微かに震えていた。私はポリポリと首を掻く。それから素直に言った。
「可哀想になと思ったよ。優しくしてくれてる所悪いけど、復讐することは確定しちゃってるよって。今更優しくするなんて遅すぎるって……思っていたけれど?」
「つまり……栗花落さんの時から優しくしていれば、こんなことはしなかった……?」
「――いや? 復讐はどのみちしていたよ。ただ、私が栗花落澪として生きていた時に助けてくれていれば……今ここにはいなかっただろうね」
一人いない。それが何を意味するのか、九条さんは理解したようだ。
「そう……」
そう小さく呟くと、九条さんは下を向いて黙ってしまった。
「――他に質問のある人は? 今なら受け付けるよ」
「――なら、聞いていい?」
「……別に構わないけど」
その声の主を見て、私は目を細めた。下を向く九条の背中をさする天沢芽衣だったから。
「どうしたらこのふざけたことは終わる?」
「説明聞いてなかった? 殺し合ってもらうって言ったよね。最後まで生き残ったら終わりだよ」
「一人以外は全員死亡するってこと?」
「それ以外に何があるの」
思わず溜息を吐いてしまう。このやり取り、何回しないといけないのだろう。
「そう……わかった」
天沢はふらりと立ち上がり、ゆっくりと私の元に歩いてくる。海凪さんが殺そうと獲物を持つけれど、私はそれを制止した。
「澪ちゃん……!」
「大丈夫だよ。殴られるなんて覚悟の上さ」
天沢は私の胸倉を掴む。その表情を見れば、何を考えているのか分かる。憎い……憎いよね……分かるよ。私もあんたたちのことが心底憎いから。
結局、こいつらも私と同じ人間なんだ。そんな当たり前のことを再認識した時、自然と笑みが零れた。その瞬間、天沢の拳が私の頬に着弾した。
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