§ 4 【復讐の準備は整った。最高の復讐を開始しよう】

第31話

 そういえば、話が逸れて続きを聞いていなかったけれど――


「別の犯人に仕立てるって言ってたけど、どうやってやるの……?」


「うん? 話せば簡単だけど、実施するのが少し面倒なんだ。僕ね、殺し屋だから情報屋から色々な情報を教えてもらうんだけど、その中で一つ今回のに使える情報があったんだ」


「――というと?」


「今ね、自分の妻を刺殺して逃げている男がいるみたいなんだ」


「えっ……?」


「その男を利用して、冤罪をかけようかと思って」


 何かを企む海凪さんのことを、私は唖然とするしかない。そんな非現実的なこと――


「示談金はとりあえず三十万かな」


「えっ……人を殺したのに、冤罪で許しちゃうの……?」


 もう既に色々と考えている海凪さんに、私は思わず訊ねた。海凪さんはきょとんとした表情を見せたあと、声を立てて笑った。


「そんなわけないよ。殺し屋の僕が言っても説得力ないけれど、それ相応の罰を受けてもらうつもりだよ」


「じゃあ、どうするの」


「とりあえずその男を確保する。そして事情を説明して自首してもらう。もちろん、妻を殺した方ではなくて、スカートを裂いた方で。妻を殺した方は偽造工作をして死んだことにしてしまえばいい」


 確かに、海凪さんのあの技術ならば、それは可能だろう。だけど――


「澪ちゃんが心配しているのは、それで示談金を出して終わりになってしまうこと。けど、僕がそれで終わりにするはずないだろう? 裏で根回しをして最終的には妻殺しを明るみに出す」


「それって――」


「その男は二重の罪を科せられて終わりさ」


「けど、もしそうなった時、男が今回のことを話してしまったら――」


「だからこその偽装だよ」


 初めから、素顔を晒すつもりはなかったようだ。海凪さんがニコリと笑う。私は笑うことが出来なかった。


「この全てが終わるのに、一週間はかかると思う。内通者がいるからそれ以上はかけないようにするけど、どうなるかは分からない」


「大丈夫だよ。私はあいつらを地獄に落とせるなら、いくらでも待つよ」


「分かったよ。それじゃあ、早速動こうかな。澪ちゃんも一緒に来てもらえるかい?」


「うん、もちろんだよ」


 私は頷き、海凪さんと共にリビングを出た。



 それから一週間後、全てが上手くいったことに私は安堵していた。男の人を納得させるのは骨が折れたけれど、最後は海凪さんの駒となった。


「さて……これであの男は豚箱行き。示談金ももらったし……良いことをすると気持ちがいいね」


 そういう海凪さんの顔は、これ以上ないと思うほど清々しい表情をしていた。


「そうだね」


 私は頷いた。確かに、良いことをしたとは思う。けれど、今回の海凪さんの言葉たちを聞いて、何故かとてつもなく不安になった。


「ねぇ、海凪さん。聞いてもいい?」


「ん、なんだい?」


「あのさ……もしかして私の復讐が終わったら死ぬつもり……じゃないよね?」


 私の言葉に海凪さんは目を見開いた。驚いているのは分かる。


 けれど、この表情がどちらを意味するのか分からない。図星だったのか、それとも――


「どうしてそう思うんだい?」


 海凪さんは質問に質問で返す。私は考えた後にその質問に答えた。


「――少しだったとしても、私に過去を話した。それで肩の荷が少しでも下りたんじゃないかと思ったんだ」


「それが理由かい?」


「それに海凪さん……初めて会った時に言ってたよね。出口を探しているって。暗闇の中を彷徨っていて、もがき苦しんでいるって」


 あの日……初めて出会った頃を思い出す。あの時は、海凪さんにとっての暗闇が分からなかった。


 けれど、今は――


「海凪さんにとっての暗闇は、話してくれた妹さんとの過去……だよね」


「それは……」


「そして、私に話したことで少しだけ肩の荷が下りた。もう出口から出かかっている。そう捉えてもいいと思う。けれど、違うような気がしたの。海凪さんにとっての出口は、その先にあるって」


「流石だね」


「否定……しないんだ」


「澪ちゃんの言う通りだからね」


 彼は小さく息を吐いた。気付かれるとは思わなかった。最期まで言うつもりはなかった。そんな感情が読み取れる。


「私と出会ったあの時から、死ぬことは決めていたの?」


「――決めていたよ」


「どうして……私だったの」


 聞きたい。その相手がどうして私だったのか。それを聞いて、私が許すと思っているのかを。


「元々……死ぬ場所を探していたんだ。仕事をしている間……ずっと妹のことが頭をチラついて。どうせなら最後は人助けをしてから死のうって」


「うん」


「偶々だったんだ。仕事帰り、いつもあの道を通ってるから使ったら君がいて。あんな煙たい路地裏に似合わない女の子がいて、どうしたんだろうって……」


「それで声を掛けたの?」


「うん……」


 尋問しているみたいで申し訳なくなる。それでも、聞かなかったら知らないまま復讐を行っていたし、気付いたら海凪さんが命を絶っていたということになる。そんな未来、想像したくもない。だから――


「澪ちゃんの言う通り、僕の出口は死だよ。けど、僕は強くなれないから……誰にも知られずに死ぬということは出来なかった」


「その道に導いてくれるってそういうこと……」


「ごめんね。一番利用していたのは僕の方なんだよ」


 ああ、確か喫茶店でそんな話をしたな……別に気にしないのに。


「私の前から姿を消すことの許可していないし、死ぬことの許可も当然していないんだけど」


「それは……」


「けど、そうだね。もし復讐が終わって、海凪さんの考えが変わらなければ……一緒に死のうか」


 私の提案に海凪さんは目を見張る。それは驚いている方の表情だと、今度は分かった。


「どうしてそうなるんだい!? 死ぬのは僕だけで――」


「海凪さんは……私のこと置いていくんだ。この世界に絶望している私のことを」


 メンヘラ彼女みたいなことを言っている自覚はある。それでも、嫌だった。私が彼の最期を看取る……? 冗談じゃない。そんなこと許さない。その瞬間が来るのなら、二人でこの世を去る時だ。一人になんてさせない。


「私にはもう海凪さんしかいない。この言葉の意味、分かるでしょう?」


 私の言葉に、海凪さんは諦めたように頷いた。


「分かったよ。澪ちゃんを巻き込みたくはないから……その瞬間は澪ちゃんが決めてよ」


「うん、分かった。ありがとう」


 これで……復讐を終えても海凪さんは生きている。嫌な予感ほど当たるというけれど、どうやら本当のようだ。


 本当に……人っていうのは分かりにくい。壁にぶつかることばかりで、私は小さく溜息を零した。


「話を遮っちゃってごめんね。それじゃあ、復讐の話をしようか」


「いや、僕の方こそごめんね。そうだね、今は復讐に集中しよう」


 私は強制的にその話を終わらせた。私が聞いたのに、本当に自分勝手な女だと思う。それを咎めない海凪さんは優しいと思う。それでも、少しだけ心配になった。


「――準備はほぼ完了した。けれど、一つだけ直前ではないと出来ないことがある」


「アイツらの……両親のこと?」


「流石澪ちゃん。そう、復讐の対象者を勝手に親も含めたけれど、事前に誘拐したら怪しまれる。仕事ばかりの親もいるけれど、専業主婦だっているからね。だから、生徒が家を出たタイミングを見計らって、親を誘拐する」


「そんな大掛かりなこと……」


「大丈夫だよ。僕一人で行うわけじゃない。まあ、そこは殺し屋としての仕事の話になっちゃうから、説明は出来ないけどね」


「海凪さんが大変じゃないなら別にいいよ」


 大変に決まっている。ここまでの準備をしてくれることすら、大変なはずなのに、海凪さんは優しいから大丈夫だと言ってくれる。


「じゃあ、途中から来るの?」


「うん。お昼には間に合うようにするよ。いや、お昼後にした方がいいか。授業が始まる前に開始しよう」


「うん。分かった」


「決行日は三日後とかどう? 遅すぎるより早い方がいいでしょ? 澪ちゃんをいじめる人たちの断末魔を聞くのは」


「そうだね」


 私は頷く。殺し屋だからだろうか。時々、怖い表現を使う。別に慣れたからいいけれど。


「学校側も、犯人が捕まったから通常通りに戻すだろうし、ようやくだね」


「そうだね……」


「――澪ちゃん?どうかした?」


「ううん、大丈夫」


 私は首を横に振る。本当に海凪さんには感謝している。ここまで私のことを考えてくれて、手伝ってくれる人なんていないだろうから。だから、感謝の言葉を伝えたい。


 けど、それは……復讐を終えてからにしようと思った。優しい海凪さんは、自分は利用しているだけだと、また自分を責めてしまうだろうから。


 私たちはその日、段取りについて夜まで作戦を練るのだった。

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