第28話
駅の待合室に私はいた。海凪さんを待つ間、私は考えていた。鬼屋敷について。どうしてあんなことを言ってきたのか分からない。いじめを行う人の心理が分からないと思っていたけれど、行っていなくても分からなかった。
嫌なのは分かるけれど、だからといって強制される筋合いはない。私が誰と仲良くしていようが、関係ないはずなのに……
仲の良い友達を作ることはいい事だと思う。けれど、それに固執して人を攻撃するのは違うだろう。それに巻き込まれるなんて迷惑でしかない。
「どうしようもないんだろうな……」
小さな世界で上に立ったって、卒業したら全部無くなるのに……
本当に……くだらない。
そんなことを考えていると、待合室の扉が開く。
「――澪ちゃん! ごめんね、待たせちゃって」
「海凪さん! ううん、全然待ってないよ」
「――? 澪ちゃん、何かあったのかい?」
私の顔を見て、不思議そうな顔をした。もしかして、考えごとをしていたから、顔に出ていたかな……殺し屋である海凪さんは、少しの変化でも気付いてしまう。それは凄いことだと思うし、重要な場面では大事だも思うけれど、こういう時は少しだけ困る。
「ううん、何も無いよ」
「そんな風には見えないけど――」
「そう……?」
「うん。心做しか元気がないように見える。僕が来るまでの間に、何か嫌なことでもあったかい?僕でよければ話聞くよ?」
――ああ、この人は本当に……
「ちょっと面倒くさいことがあったんだけど、そこまでじゃないから大丈夫だよ」
「もしかして、鬼屋敷さんのこと?」
その名前を聞いて、ドキンと心臓が鳴る。
「えっ、どうして――」
「実はね……駅に向かう時に立ち止まったまま何か呟いている鬼屋敷さんがいて、声は掛けなかったけど、すれ違う時に紫苑ちゃんって言ったから、もしかしたらと思って……」
まだ……帰ってなかったんだ。そのことに私は衝撃を覚えた。それに時間が経って尚、私の名前を口にしていたなんて考えると、ゾッとする。
「まあ、確かに鬼屋敷とは話をしたよ。何なら途中まで一緒に帰ったからね」
「えっ、そうなの……!?」
「うん。下駄箱で誰かを待ってるみたいだったから、浅葱紫苑として声を掛けたの。そしたら、私のことを待っていたみたい」
「どうして澪ちゃんを……?」
「その答えは会話の中にあったよ。私と纈を仲良くさせないための、忠告をしたかったんだって」
「それだけのために待ってたって? それに、仲良くさせないためって、澪ちゃんは仲良くする気なんてないのに?」
意味が分からないと言いたげな表情を見せる海凪さん。私も言われた瞬間は同じ表情になったし、同じ感情になった。
「澪ちゃんが誰と仲良くしようが、そんなの関係ないはずなのにね」
私が思ったことと全く同じことを口にした彼のことを、思わず見入ってしまう。
「うん? どうかしたかい?」
「ううん、私と同じこと思ってくれて良かったと思って」
「僕もその言葉を聞いて安心したよ。まだ、普通の人としての感情が残っていたと、分かったからね」
その時、電車が到着するアナウンスが聞こえる。
「電車が来るね。詳しくは家に帰ってから話そうか」
「そうだね」
私は頷いて、待合室から出る。そのまま、家に帰るために来た電車に乗り込んだ。
電車の中は静かだった。会話するか迷った。それでも、聞きたいと思っていたことがあった。
「――ねぇ、海凪さん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「もちろんだよ。何だい?」
「ありがとう。それで、あの後職員室に行ったんだよね? 何を話したの?」
「ああ、纈さんの件で少しね」
「犯人が見つからないって……?」
「そうそう。早く見つけないとって躍起になってたよ。同じクラスの生徒が犯人だなんて、考えたくないんだろうね」
「なるほどね」
まあ、そうだろう。生徒が犯人だったとして、その対応をどうするのか。親にはどう説明するのか。考えただけで面倒くさい。別の犯人を仕立てあげてしまった方が――
「――屋上でその件について任せてって言ってたじゃない?」
「うん、言ったね。それがどうかしたかい?」
「いや、今思ったんだけど、別の犯人を用意するとか、そういうのじゃないよねと思って」
私の言葉に、海凪さんの身体がぴくんと揺れた。彼の顔を見ると、驚いた顔をしていた。この人……意外と表情豊かなんだな……なんて、そんな関係ないことを思ったりした。
「どうしてそう思ったんだい?」
「どうして……? いや、特に理由はないよ。ただ本当に、その考えが急に思い浮かんだの。海凪さんだったらもっと上手にやるんだろうけど、同じだったら凄いなって」
殺し屋が考える作戦を、何ひとつとして取り柄のない私が思いつくはずもないのだが、もしそうだったら良いなと思う。
「ふむ……そうしたら、その答え合わせは家に帰ったらしようか」
「うん、分かった」
まあ、電車の中でこんな物騒な話、長々とは出来ないか。私は最寄り駅に着くまでの間、外の景色を黙って眺めていた。
もう慣れた帰り道。自分の家ではなく、海凪さんの仕事場兼自宅へ向かう。道は慣れたけれど、未だにただいまと言うのには慣れない。こそばゆいものを感じる。
「た、ただいま……」
「うん。おかえりなさい」
彼が慣れた様子で、私をソファのあるリビングまで誘導する。
「今日もお疲れ様。いつものでいい?」
「うん。あ、手伝うよ……!」
「ん、大丈夫だよ。僕がやりたくてやってるんだから。澪ちゃんは座って待っててね」
そう言うと、私の返事を待たずにキッチンへ向かった。いたせり尽くせりで申し訳ない気持ちになる。
それでも、私は海凪さんの言葉に従う。
少し経つと、彼がいつものやつを持ってきた。
「はい。アイスティーとフォンダンショコラ」
「ありがとう。いつもごめんね」
「構わないよ。いつも美味しそうに食べてくれてありがとう」
こんなに甘えてしまっているのに、逆に感謝されてしまった……
海凪さんはそれをテーブルに置くと、私の隣に座る。彼の職場であり自宅であるから、どこに座るのも彼の勝手ではあるんだけど、ちょっと距離が近いと照れてしまう。
「それで早速なんだけど、例の話をしてもいいかい?」
海凪さんはお茶を一口啜ると、そう切り出した。それが電車の中で話していたことだと、すぐに分かる。私はそれに頷く。断る理由はない。
「電車の中で話した内容だけど、澪ちゃんの推測通りだよ。別の犯人を仕立てる予定」
「そんなこと出来るの……?」
「まあ、簡単じゃないよ。だから一週間の猶予が欲しかった」
「一週間でいいの……?」
「それだけあれば十分だよ」
サラリと言ってのけてしまう海凪さんに、頭が上がらない。どんな生き方をしたら、それほど自分に自信を持てるのだろう。どうすれば……人の信用を得られるような生き方が出来るだろう。
海凪さんの言葉は、全てが信用出来る。彼なら、全てを成し遂げてくれると思える。それなのに、私は――
「大丈夫。僕は澪ちゃんのことを信用しているよ」
彼はニコリと笑った。
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