第27話
これで話は終わり……そんな雰囲気が漂った時――
「私関係ないけれど、いつ決行するつもりなの?」
「復讐の話……?」
「そう。その話」
「あなたには関係ないでしょ」
「関係ないけど知りたいって言ってるじゃない」
そうは言っても、纈のスカートを裂いた犯人が見つかるまで、私たちは学校に来れない。来たところで、全員の生徒が集まるはずがない。休めるのなら普通の生徒は休むだろう。
「澪ちゃんはいつ頃がいい?」
「えっ……」
海凪さんのその質問に、私は驚く。
いつ頃ってそんなの――
「早ければ早い方がいいけど……」
「じゃあ、一週間後にしようか。それまでに何とかするよ」
「何とかって……?」
「詳しくは後ほど。まあ、僕に任せてよ」
もう何度も見た自信のある顔。疑うことすら時間の無駄だと感じた。
「分かった……海凪さんに任せるよ」
「うん、ありがとう。大丈夫。あのクラスの生徒は一人として逮捕されない。復讐の材料になってもらうから」
「本当に頼もしいね」
言い方は少し怖いけれど、私もそれを望んでいるから、否定しない。
「――ということで、決行は一週間後。纈も来たければ来ればいいよ。まあ、おすすめはしないけれど」
「考えとくよ。それよりさ、随分とその人のこと信用しているみたいだね?」
「うん、信用しているよ。きっと、今まで出会った人間の中で一番」
「ふーん、そうなんだ」
「それが何か?」
「いや、別に」
全然別に、という表情ではない。それでも、言い争うのも疲れる。別にというのなら、私から話すことはない。
「話は終わり……かな? 海凪さんはこの後何かあるの?」
「そうだね。とりあえず教育実習生ということになっているから、職員室に寄るよ」
「分かった。そうしたら、先に駅に向かってるね」
「うん。澪ちゃん、気をつけて帰ってね」
「分かってるよ。それじゃあ、海凪さん。また後でね」
私は海凪さんに手を振る。彼も手を振り返してくれる。私は来た道を戻る。屋上のドアノブに手をかけたとき、一つ話していなかったことを思い出す。
「そういえば、話してなかった」
振り返った私に、二人は首を傾げる。
「鬼屋敷が纈をいじめの標的にした理由、本人の口から聞いたことないでしょ?」
「ない、けど……」
「何かね、纈が鬼屋敷じゃなくて私を選んで友達になったこと、私の死が生徒の耳に届いた時、私の死を悲しんでいた……後悔していた纈のことが、許せなくなっちゃったんだって」
「えっ……」
「死んで尚巻き込まれた私も、自分の意思に従って行動してターゲットにされる纈も、どっちも可哀想だよね」
本当にくだらない。そんな理由で巻き込まれるのもいじめられるのも。全てがくだらないと思う。
「私と友達をやめた理由を教えてくれたお礼。鬼屋敷には内緒だよ」
私は言いたいことを言うだけ言い、今度こそその場を後にした。
階段を降りて下駄箱へ向かっていると、そこには鬼屋敷がいた。
「あれ、鬼屋敷さん。まだ帰っていなかったんだ」
「うん。紫苑ちゃんに話したいことがあったし、一緒に帰りたいって思ったから」
「――そうなんだ。それじゃあ、結構待たせちゃったよね。ごめんね」
「ううん、大丈夫。私が勝手に待ってただけだし、他の生徒には聞かれたくない話だから……」
「あ、そうなんだ。大事な話?」
「大事……うーん、そうだなぁ……」
どうしてそこで悩むのか分からない。
けれど、良い話では無いと思う。
「まあ、歩きながら話すよ」
「うん、分かった」
何故か鬼屋敷と帰ることになった。帰り道、鬼屋敷は普通だった。二人きりにならないと話せないような話をする素振りがない。ただ一緒に帰りたかっただけだろうか……少し拍子抜けしたその時――
「ねぇ、紫苑ちゃん。一つ聞いてもいい?」
「うん? どうかした――」
「纈と友達なの?」
その言葉に、私は歩くのを止める。鬼屋敷も同じようにして止まった。周りに人はいる。それでも、その瞬間だけその場に二人きりでいるような感覚に陥った。
「どうしてそんなことを聞くの?」
「質問に答えてくれる?」
「――友達という間柄じゃないよ。知り合ったばかりだし」
「それならどうして……屋上で三人で話してたの……?」
「――何、見てたの?」
「どこに行くのかなって気になって後ろを歩いてただけだよ」
「何か聞いた……?」
「会話の内容までは流石に。海凪先生と話すのはまあ分かるとして、どうして屋上だったのか分からないし、そこに纈がいる理由も分からないから、紫苑ちゃんに聞こうと思って」
これが本当なら、流石に海凪さんが気付くはずだ。彼は一流の……殺し屋だから。
「確かに屋上までは行ったよ。けれど、あそこ閉まってるでしょ? だから屋上には出ていないよ。それに、纈さんもいない。話したのは海凪先生とだけだよ」
これで終わってくれたら助かる。
けれど、面倒事はそう簡単には終わらない。
「じゃあさ、これからも……纈とは仲良くしない?」
「何それ、どういう意味……?」
「そのままの意味。あんなクラスの弾かれ者と一緒にいない方がいいよ。損するだけだから」
「それってつまり、纈さんじゃなくて鬼屋敷さんたちと一緒にいた方がいいってことを伝えたいの?」
「まあ、結論から言ってしまえばそういうことだね」
――本当にくだらない。結局、自分が一人にならないために必死になってるだけ。取巻きがいるんだからそれでいいと思うけどなぁ。集団で群れていないと生きていけないだなんて……本当に可哀想な人。
「私は皆と仲良くなれたらいいなって思ってるけど、それじゃダメかな?」
「ダメというか……後悔するよって話」
「後悔……? 纈さんと一緒にいると?」
「そうそう。だって彼女、今生きている人より死んだ人間を大切にするから」
ああ、本当にこの人は――
「栗花落さんのこと……? 生前友人だったら、悲しんだり大切に想ったりするのは当然だと思うけど……」
「紫苑ちゃんは知らないだろうけど、あいつ、栗花落のこといじめてたんだよ。いじめてた相手の死を悲しむなんて変じゃない。あいつはそういうこと平気でするからね」
「そうさせたのは……鬼屋敷さんじゃないの……?」
「――は?」
鬼屋敷の声色が変わり、口に出していたと分かる。私は咄嗟に口元に手を置いたが、もう遅かった。
「え、何……? 紫苑ちゃんも私の敵なの?」
「敵とかそういうわけじゃ……」
「ふぅん……まあ、別に構わないけど。後悔しても知らないからね」
そう言い、鬼屋敷はスタスタと歩き出す。
「ちょ、ちょっと鬼屋敷さん……!」
私は思わずその手を掴む。
けれど、振り払われよろける。
「……っ!」
鬼屋敷はもう友達としての目をしていなかった。敵として私を見ている。
ああ、私はこの人とはやはり分かり合えない。偽りだったとしても、友達にはなれない。それなら――
「後悔しても知らないと言ったよね?」
私の言葉に、鬼屋敷が足を止める。
――馬鹿だなぁ。敵になるならそこは無視しないと。
「後悔するのはあなたの方だよ」
「どういう意味?」
「そのままの意味。私の敵になったこと、後悔する日が必ず来るよ」
私は立ち止まっている鬼屋敷の横を通り過ぎる。もう、この人はいいや。
「精々、恐怖に戦くといいよ」
それだけ言い、振り返ることはしなかった。
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