第26話
私は自分の気持ちに正直になる。
「纈は対象から外すよ」
「うん……澪ちゃんならそういうと思った」
「やっぱり二人は知り合いだったんだね」
纈のその質問に答えたのは、海凪さんだった。
「そうだよ。僕は澪ちゃんの知り合い。澪ちゃんは僕にとって大切な人」
「そうなんだね。それじゃあ、澪の知り合いということは、真実を知るためにこの学校に……?」
「いや、大体のことは澪ちゃんから聞いてるし、大体の予想はついている。そもそも澪ちゃん生きているしね」
「それじゃあ、なんのために――」
「澪ちゃんは僕にとって大切な人。そんな人がいじめにあったんだ。許せるはずがない。だから僕は、澪ちゃんの手伝いをしに来た」
「手伝い? 何の……?」
「それは僕の口からは言えないよ」
海凪さんは首を横に振った。私の口からもそれを言うことはできない。クラスメイトに話さないと纈は言っていたけれど、どこから情報が洩れるか分からない。安易に答えるわけには――
「偽造……対象……手伝い……」
少しだけ考える素振りを見せた後、何か閃いたように纈がその答えを言った。
「ああ、復讐か……」
ここまで条件が揃ってしまえば、何も言わなくても分かってしまうだろう。現に、纈は分かった。
何か言われると思った。
けれど、予想に反して纈は驚かなかったし、咎めることもしなかった。寧ろ納得した表情を見せた。
「どうして偽造してまで戻ってきたのか不思議だった。だから、分かって良かった」
全く分からなかったというより、確信が持てなかったというのが正しい気がした。その後、纈は海凪さんのことを見た。
「澪の手伝いって言ってたよね。それじゃあ、あなたは本当は教師になりたいわけじゃないってこと……?」
「そういうことになるね」
海凪さんは即答する。その後も纈の質問は続く。
「私を助けたのは、クラスメイトや私を油断させて復讐しやすくするため?」
「いや、君を助けたのは純粋に、見て見ぬふりが出来なかったからだよ」
「へぇ。あの時の言葉、嘘じゃなかったんだ」
保健室の前で話したことを指しているのだろう。纈は意外そうな顔をした。
「酷いなぁ。僕、そんなに嘘つきに見えるかい?」
「爽やかな笑顔を浮かべながら、嘘をつきそうな気がする」
「ふふ。随分と酷い印象を持たれているようだ」
そう言いながらも、海凪さんは否定しなかった。もしかしたら、それが本当のことだからかもしれない。
「対象から外すって言ってたよね。それってもしかして復讐のこと……?」
「そうだよ」
「それじゃあ、私は復讐されない……?」
「澪ちゃんの気持ちが変わらなければね」
纈が私のことを見る。今は何とも言えない。だからただ首を縦に振るだけにした。
そういえば、保健室に向かっていた時――
「保健室に向かっている時、纈が私と友達をやめた理由を話したら、海凪さんがその事実を何故知っているのか話すって言ってたじゃない?さっき知り合いだったことを知ったみたいだけど、話してなかったの……?」
私の言葉を聞いた二人は、同じタイミングで顔を見合わせる。
「話してなかったね」
「話していないね」
二人とも同じ回答。私は小さく笑った。
「けど、答え合わせはもう出来たよね。つまりそういうことだよ」
「なるほどね。知り合いなら、澪から直接話を聞けるもんね。納得したよ」
その言葉を聞いて、海凪さんは肩を竦める。
「敵意剥き出しにされたときは、どうしようかと思ったけど」
「そんな焦ってなかったじゃない」
「いやいや。初日から嫌われたらどうしようかと内心不安だったよ」
「うわぁ。嘘くさぁ」
「さっきから僕に対して当たりきつくない?え、それが君の本性?」
「え、きつくしているつもりはないよ。面白いものを見つけたら、楽しくなっちゃうのはしょうがなくない?」
「え、僕玩具なの……?」
二人の会話を聞いていて、穏やかな気持ちにはならなかった。寧ろ、殺意が沸く。復讐の対象から外れると分かって、調子に乗っているのだろうか……?
「あ、そういえば澪に聞きたいことが出来たんだけど……」
「――私?」
「うん。聞いてもいい?」
「別にいいけど……」
「どうして復讐の対象から私を外してくれたの? 私、澪には許されないほど酷いことをしたのに……」
どうして……どうしてか……
自分でもそれは思う。随分と甘いなって。
だけど、それ以上に――
「確かに、あなたからは希望と絶望をもらった。許すことは出来ない。だけど、あなたは一度私を救ってくれたから……だから……もう、いいかなと思ったんだ」
「そっか……」
纈は分かりやすく項垂れる。私が纈をいじめたみたいな構図になっている。
「纈……?」
「……あなたの言うとおり、初めから澪に相談しておけば良かったね」
そのあなたが私ではなく海凪さんを指していることを、直ぐに理解する。
「初めから話していれば、澪がこんなことしなくて済んだ――」
「それは違うよ」
私は否定する。それは違う。纈があのまま私と友達でいてくれていても、私は復讐をしていた。だから――
「纈のせいじゃないんだよ」
私はそれだけ伝えた。
「お互い……言葉が足りないからすれ違うんだよね」
海凪さんが私のことを見る。
「言いにくいかい?」
「そうなのかな……纈のせいではないことを伝えられればそれで――」
「相手のことを思うなら、全部伝えることも時には大事だよ」
「それはそう、だろうけど……」
「纈さん、澪ちゃんの復讐は、君と友達になる前から計画されていた。だから、君が理由じゃない。そこに関しては、自分を責めなくていいと思うよ」
纈が私のことを見る。だから私は頷いた。その通りだったから。
「そうなんだね。もしそうなら、少しだけ救われたよ。教えてくれてありがとう」
ここで感謝の言葉が言えるのは、流石だと思う。私だったら絶対に言えない。
――ああ、復讐の対象から外してよかった。
今は、自分の決断が正しかったと思いたい。私は纈の姿を見て、そんなことを思った。
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