第25話
海凪さんに案内されたそこは、いつかの日に纈と話した屋上だった。予想通り、そこには既に纈がいた。纈はベンチに座っていた。
「纈さん、約束通り連れてきたよ」
「ありがとう」
海凪さんの声に反応して、纈がこちらを見る。それからすくっと立ち上がる。
「来てくれてありがとう」
「――約束、してたから」
「浅葱さんは優しいね。ありがとう」
彼女が澪と呼ばないことに、違和感を覚える。保健室に行く前は、あんなにしつこかったのに。海凪さんから何か言われたのか?
まあ……そこで変につっこむと、返って怪しまれそうだから、何も言わないけれど。
「それで……話したいことって?」
「……澪と友達をやめた理由を……海凪先生に話した」
「――それで?」
私は敢えて冷たく訊ねる。
けれど、覚悟が決まっているのか、纈は怯まなかった。
「私は澪のことを想って友達をやめた。けれど、その理由を聞かされていない澪からしたら、私の行動はただの裏切り行為だったと、先生と話して気付いたの。だから――」
「その話を私にして、あなたはどうしてほしいの?」
言葉だけでなく、視線も冷たくしたことで、纈が少し息を呑む。話し合いをすることを受け入れたのは私なのに、やはり許せないという怒りの感情が、湧き出てしまう。
「それを私に話しても、どうすることも出来ない。どうしてあげることも出来ない。私には関係のないことだから」
「けど、あなたは――」
「私が栗花落澪だって言いたいの? しつこいね。私は浅葱紫苑だって言ってるでしょ。あなたの求めている栗花落澪にはなれない」
「それは――」
「あなたは私に何を求めているの? 私に栗花落澪としてこれから生きてほしいってこと? 私にいじめられっ子になれと?」
「そんなこと言ってないし思ってないよ! ただ、私は自分の罪を受け入れて償わなければならない。そのためにはまず、真実を話すことが一番だと――」
「それをして満たされるのはあなただけでしょ。少なくとも私は、真実なんて話されても納得できないし満たされない。栗花落さんもきっとそうだと思うけど」
私は腹が立って仕様がなかった。
結局、自分が可愛いのだ。罪を償いたいなんて良い言葉を使って、スッキリしたいだけ。それなら何も言わなくていい。私と友達をやめた纈陽彩。その事実だけあれば私は――
「まあまあ、浅葱さん。話だけでも聞いてあげようよ。今後のことに関わることなんだしさ」
「海凪さんは聞いた方がいいと思ったの?」
「そうだね……話を聞いて、何も思わなかったわけじゃない。そうするしかなかったと言われて、納得した自分が少なからずいるね」
「そうなんだ……」
海凪さんが言うなら、聞くだけ聞いてみる……か。
「分かったよ。聞くだけだからね」
「ありがとう」
纈は嬉しそうに顔を緩ませた。何がそんなに嬉しいのか分からないけれど、話を聞いてもらえるだけで良いようだった。
「あのね……私あの日、澪に友達をやめようって話したでしょ」
「そうなんだね」
確かに友達をやめる宣言をされた。
けれど、それは栗花落澪としてであり、浅葱紫苑としてではない。今の私からしたら、関係の無い話――
「あの日の前日、李依に脅されてね」
どうでもいい。そう思っていたけれど、ちゃんと聞いた方が良さそうだ。
「李依から言われたの。澪と友達をやめないと、李依の彼氏が澪のことを回すって……」
そう告げる纈の声色が震えている。纈の言う回すという意味が分からないわけじゃない。そこまでバカじゃない。
「だから、それをされるくらいなら友達をやめようと思った。そういうこと?」
「……うん」
纈は小さく頷いた。
私は何も言えない。本当ならばそんな理由で……と怒りたい。
けれど、私のことを考えてと言われると、なんと言えばいいのか分からなくなる。
「栗花落さんを傷付けない方法が、それしか思いつかなかった。そう言われたら、僕は少なからず納得した」
海凪さんは何も言えない私に変わって、口を開いた。
「けれど、それは僕だからであって、栗花落さんは違う。当然浅葱さんも、思うことがあると思う」
「うん……」
纈は小さく頷いて俯いた。
「多分問題だったのは、君がそれを友達を辞める時に栗花落さんに話さなかったことだと僕は思うよ」
「うん。私も今ならそう思うよ。だけど、少し前の私には、そこまで考えられる余裕がなかった。傷付けることしか出来なかった。まさか、あんなことになるなんて思っていなかった。後出しだから、全て嘘に聞こえると思う。だけど私は――」
「うるさい」
私は言葉を遮った。聞きたくない。そんな言葉、今更必要ない。
「もう、何を言っても手遅れだよ。私があなたを許すことはない。私の受けた傷が、そんな言葉で癒えるわけじゃない」
「…………」
「私は……どんな理由があろうとも、自分をいじめたやつを許すことは出来ない」
「本当に……その通りだ」
纈が頷く。
それから、少し眉を下げて訊ねてきた。
「やっぱり、澪で合ってるよね?」
「――そうだよ」
私は頷いた。もう、隠すことにも疲れた。それを知られたところで、復讐を辞めるつもりは無い。正体を明かして間抜け面を拝みたいと思っていたけれど、そこに拘らなくても、別に――
「大丈夫。別にクラスメイトにあなたのこと話そうとか思ってないから」
「…………」
「そもそも、今の私と話してくれる人なんて、あのクラスにいないからね」
ああ、本当にいじめの対象にされているのか。纈の言葉を聞いて、改めて実感した。そして、感謝した。あの時助けてくれたことを。
聞きたくない。そんな言葉、もう要らない。それでも、少しの時間だったとしても、纈は私の……友達だから……
「うん、そうだね……決めた」
私は海凪さんのことを見る。彼は察しているようで、「君の意見を尊重するよ」とそれだけ言った。
だから、私は――
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