第24話

 私の言葉に、鬼屋敷は目を見開いた。私はもう一度訊ねる。


「いじめのターゲット。どうして彼女にしようと思ったの?」


 鬼屋敷は何も言えない。クラスメイトは黙っていた。まるで自分たちは関係ないと言いたげに、その口を閉ざした。


「あなたたちにも聞いているからね? 無関係な人間なんて、一人もいないでしょ」


「私たちは何も――」


「何もしていない……? 本当に?」


 私の問いに答えられる生徒がいない。全員がそのいじめに加担しているから。このクラスはそういう人たちが集まってる。省かれるのを恐れている人たちが。


「まあ、今はそこは重要視していないからいいや。それは纈さんに聞けばいいだけだし」


 私はぐるりと首を動かしてクラスメイトを見た。全員、バツが悪そうにしていた。


「それで? どうして彼女をターゲットにしようと思ったの?」


「そ、れは――」


 鬼屋敷が口篭る。そうすると、罪のなすり付け合いが始まる。


「最初に纈をターゲットにしようって言ったの、李依でしょ。責任もって説明しなよ」


 そう言ったのは天沢だったが、責任から逃れたいクラスメイトはその意見に賛同した。


 本当に……くだらない人たち。そうやって君たちは、自分可愛さに仲間を売るんだね。分かってはいたけれど……本当に救いようのない人たち。


「そうなんだ。鬼屋敷さんが彼女をターゲットにしようって言ったんだ……?」


「えっと、その……」


「教えてくれるよね?」


 私の圧に気圧されたのか、鬼屋敷はゆっくりと話し始めた。そのくだらない理由を。



 纈から事前に話は聞いていたけれど、本当にくだらない。別に纈を庇う気はない。私は彼女に地獄のどん底へと叩き落とされた。


 だから、彼女がターゲットになったことに、怒りは覚えない。それでも……その理由が自分にあるというのは……何度聞いても納得がいかない。


「死んで尚、ターゲットの理由にされる栗花落さんは大変だね」


「…………」


「つまりさ、鬼屋敷さんは纈さんに味方でいてほしかったの?」


「私は……」


 歯切れが悪い鬼屋敷に、私は分かっていて首を傾げる。


「何か違った……? 自分より栗花落さんを優先した纈さんに怒っていじめのターゲットにしたんじゃないの?」


「まあ、それはそう……だけど……」


「違うでしょ」


 その時、鬼屋敷ではない誰かが反応した。声のした方を向くと、そこには次の言葉を紡ごうとしている天沢がいた。


 本当にこの人は出しゃばるのが好きだ。私は心の中で溜息を吐く。


「李依にとって一番の友達が纈だったのに、纈にとって一番の友達が栗花落だったから、それに対して怒っていじめを始めたんだよ」


「へぇ、そうなの?」


「そ、れは――」


「別に責めてるわけじゃないんだよ。ただ、理由を知りたいだけ。いじめを行ってる人たちが何を考えてしているのか、私には分からないから」


 実に嫌な言い方をするな、と自分で思う。


 これで責めていないと言えるはずがない。誰がどう見ても責めている。それでも、纈がそれをされる理由を、鬼屋敷の口から直接聞きたいから、仕様がないと自分に言い聞かせる。


 すると、諦めたのかゆっくりと鬼屋敷は頷いた。


「そう、だよ。どっちの意見も正解だよ。私より栗花落のことを優先した彼女が……私より栗花落を友達として選んだ彼女が……許せなかった。だからいじめた……それが答え」


「栗花落さんが死んで尚、纈さんは栗花落さんを優先したと……?」


「そう……私との会話より栗花落の死を悲しんでいた彼女が……気に食わなかった」


 その言葉を聞いて、口から零れたものは何度目かの溜息のみだった。


 本当に……人間らしくてバカみたい。群れていなければやっていられない。仲間だと思っていた人間が、本当は仲間ではなかった。人という生き物は、自分と相容れない存在の人間を、排除しようとする。自分のテリトリーを侵略されないように必死になる。


 本当に救いようのない人たちだ。


「ね、ねぇ……紫苑ちゃん」


 鬼屋敷が私の名前を呼ぶ。その声は震えていた。


「――何?」


「あのさ……私のこと、嫌いになった?」


「……は?」


 何、その質問。私は最初から嫌いだし、浅葱としてこの学校に来てからも、憎悪は消えていない。嫌いが増していくだけだ。


 けれど、鬼屋敷はそんなこと知らない。私が栗花落澪だと気付いていない。


「私が鬼屋敷さんのことを嫌うと、何か都合が悪いの……?」


「都合が悪いとかじゃなくて……だって私たち、友達でしょ?友達に嫌われたら……悲しいよ」


 友達……

 またその言葉が頭の中で谺する。本当にその言葉嫌い。どれだけ私の心を掻き乱せば気が済むのだ。


「嫌いでは無いけど……」


 嫌いだと言いたい気持ちをグッと抑えて、嘘の言葉を口にした。


「それじゃあ、これからも私と友達でいてくれる……?」


「う、うん……」


 もちろんだよ、とは言えなかった。本当なら、友達でなんていたくない。


 けれど、今その言葉を言ってしまったら、面倒なことになる。言い訳を考える時間すら勿体ない。なら、嘘でも仲の良いふりをした方が、今後の復讐に支障が少ない。そう思う。


「それなら良かった。ねぇ、紫苑ちゃん。今日の放課後もしよければ――」


「おーい、席につけー?」


 担任が教室に入ってきた。クラスメイトは焦った様子も見せずに、自席に着く。


「また後でね」


「うん」


 鬼屋敷の言葉に私は頷く。全員が席に着いたことを確認した担任は、小さく咳払いをしてから言った。


「もう全員知っていると思うが、纈の制服が破かれる問題が起きた。それに伴って職員会議をし、犯人が見つかるまで、自宅待機という結論に至った。なので、今日はこれで解散という形でよろしく頼む」


 ――犯人が見つかるまで自宅待機?それだとずっと見つからない。だって、犯人はこのクラスの中に……


「紫苑ちゃん? 帰らないの?」


「……っ!」


 思考を止め、声のした方に視線を向ける。そこには、不思議そうな顔をした鬼屋敷がいた。


「もう終わったよ? ラッキーだね。それでさ、さっき言いかけたことなんだけど」


「――あ、浅葱さん。今いいかい?」


 聞き慣れた声が耳に届く。


「海凪先生?」


「少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」


「あ、えっと……」


 私は鬼屋敷に視線を向けた。二度も話を遮られて、可哀想だと少し思った。


 けれど、鬼屋敷は気にした様子も見せずに「構わないよ」と首を横に振る。


「また今度で大丈夫だから。またね、紫苑ちゃん」


「うん、ごめんね。またね」


「お話の邪魔しちゃってごめんね。荷物を持って一緒に来てくれるかな?」


「分かりました」


 纈と話さなければいけなかったし、少し助かった。あのまま鬼屋敷と一緒にいたら、変なことを言われかねないから。私は海凪さんと共に教室を後にした。


 私は気付かなかった。


 鬼屋敷が海凪さんのことを、殺してしまいそうなほどに睨んでいたことに。

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