§ 3 【後悔と懺悔】

第21話

 それから一週間後、偽造工作は上手くいき、栗花落澪は自殺したとされた。


 けれど――


「私が栗花落澪だとどうして思うの?」


「……少しの期間だったとしても、彼女の隣にいたからね。雰囲気で分かるよ」


「分かるよって……栗花落さんは自殺したんでしょ?」


「したことになってるね。遺体もあがっている。けど、澪は死んでいない。ここにいる」


「……私は浅葱紫苑だよ」


 焦りからか、ワンテンポ遅れて答える。これでは、彼女の言葉を肯定してるも同然だ。


「認めたくないのは分かるよ。凄くリアルな澪だったから。きっと、気付いているのは私だけなんじゃないかな」


「いやだから――」


「じゃあ、聞いてもいいかな?」


 私と纈が話していると、海凪さんが間に入った。纈は海凪さんのことを見る。


「何ですか?」


「そんなに警戒しないでもらえると助かるんだけど」


「私は今、澪と話しているの。あなたと話すことは何も――」


「彼女が栗花落さんか浅葱さんかという話も大切だけど、それ以上に……どうしてそんなに大切にしていた栗花落さんと……友達をやめたんだい?」


 海凪さんの言葉を聞いた途端、纈の勢いが無くなる。ジッと海凪さんのことを見る。


「どうしてそれを知っているの」


「さあ? どうしてだろうね」


「はぐらかさないでちゃんと答えて」


「それなら、僕の質問に答えて。そしたら、答えるよ」


 纈はグッと拳を握る。爪が皮膚に食い込む。


「それは……言えない。きっと言っても信じてくれないだろうから」


「それは言ってみなければ分からないと思うけど」


「分かるよ。だって、私がそれを言われたら、頭がおかしくなったんだって、きっと思ってしまうから」


「大丈夫だよ。君の頭がおかしいことはもう分かってる。クラスメイトを自殺させるまでに追い込んでしまう人たちなんでしょ? 今更思わないよ」


 キッと纈が海凪さんを睨み付ける。図星だったのだろう。言われたくなかったのだろう。睨みつけるだけで、反論は出来ていなかった。


「――答えたくないならいいよ。僕も答えないから」


「……後で、澪がいない時に話したい。それだったら……どう?」


「僕はどちらでも構わないよ。まあ、君の言うように彼女が栗花落さんなら、直接伝えた方がいいとは思うけど」


「私の話を聞いて……あなたが直接伝えた方がいいと言ったら、伝えるよ……少なくとも今の私には、それを本人に伝える勇気は持ち合わせていない」


「ふぅん、そうかい。まあ、ここにいるのは栗花落さんじゃなくて浅葱さんだけどね」


 私も海凪さんも、本当のことは言わない。復讐対象である人間に、真実は伝えない。


「……さっきの質問には後で答えてもらうよ。それとは別で君にはまだ聞きたいことがあるんだ。答えてくれるかい?」


「何ですか? 澪に関する話なら、今は何も――」


「どうして君は、あのクラスの標的になっているんだい?」


 ゾーっと寒気がした。それを真っ直ぐに聞けてしまう海凪さんが凄いと思った。いや、確かに気にはなっていたけれど……


「…………それを答えて、あなたに何のメリットが……?」


「メリット? そうだなぁ。あのクラスの子たちのことをよく知れるから……かな」


「へぇ。来て早々に勉強熱心なんですね」


「そうかな?こんなあからさまにいじめが行われていたら、誰だって気になると思うけど」


「私は別にいじめられてなんて……」


 纈は否定した。

 けれど、海凪さんはそれを許さなかった。


「大胆に切り裂かれた制服、ボロボロになった髪の毛。それを見ていじめと思わない人がいると思うのかい?」


「別にクラスメイトにやられたわけじゃ――」


「赤の他人なら器物損壊、親なら虐待。どれにせよ情状酌量の余地なし」


「それは――」


「決定的なのはこれじゃないかい?」


 彼は勢いよく彼女の袖を捲った。そこに躊躇という言葉はない。


「……っ!」


 彼女は息を飲んだ。転入してきて、初めて彼女の驚いた顔を見た……気がする。


 その場所は、完全に制服で隠されていた。隙間から見えていた、ということもないだろう。


「一体いつから気付いていたの……?」


「君の姿を見た時から」


「ということは最初から……?」


「そういうことになるね」


 彼は当然のように頷いた。彼女は信じられないものを見る目で彼のことを見ている。


「あなたって一体何者なの?」


「僕は今日来たばかりの、ただの教育実習生だよ」


「どの教師よりも優秀なのは気の所為?」


「さぁ、どうだろうね。僕からは何も言えないよ」


 彼は首を横に振り、その質問に答えなかった。私は心の中で纈の言葉に肯定していた。海凪さんはみんなが思ってるより、ずっとずっと優秀だと。口に出せないことが歯痒いけれど。


「それで? 標的にされている理由を、君は知っているのかい?」


「――知っているよ」


「それは……栗花落さんと友達をやめたことが関係している?」


「半々かな……友達をやめたことと、澪が自殺したと報道された後の私の態度が原因」


「――というと?」


 海凪さんは首を傾げる。そのふたつが原因でいじめの標的になる理由が、分からなかったからだ。凄腕の殺し屋でも、流石にいじめの加害者の気持ちまでは分からない。


「私が……断ったから」


「断った? 何を……?」


「次のいじめに加担することを」


「……? 標的にされているのは纈さんじゃないの?」


 その声は海凪さんのものではなく、私のものだった。気付けば訊ねていた。


「そうだね、私だよ。だけど、初めにいじめのターゲットにされそうになっていたのは私じゃなくて、杏沙だったの」


「柊杏沙さん……?」


「そうだよ。ああ、隣の席だったね。浅葱紫苑だったとしても知ってるか」


 それに対し、私は何も言わなかった。


「つまり、柊さんがターゲットの候補になっていたけれど、纈さんがそれを断ったから、その腹いせにターゲットにされた……ってこと?」


「それもあるだろうけど、きっと――」


「栗花落さんと友達をやめて、自殺するまでに追い込んでしまったことを、君は後悔していた。相手はそれに気付いた。そして、栗花落さんの自殺をきっかけに、君はいじめの加担をすることをやめた。それはつまり、相手への裏切りを意味していた。だから君は狙われた。そういうことだろう?」


「まあ、簡単に言ってしまえばそういうこと」


 纈は頷いた。私は訝しげな目を纈に向けた。その視線に彼女は気付く。


「そんな顔しないでよ。悲しくなるよ」


「後悔するくらいなら、最初からいじめなければ良かったじゃない。あなたが後悔したところで、死んだ人間は戻ってこないんだよ」


「本当に……その通りだね」


 纈は反論しなかった。私はギリっとはを噛み締める。いじめの加害者だったくせに、自分がその対象になった途端に被害者ぶるその精神が気に食わない。後悔しているなんて言われても、信じられるはずがない。


 あの時、どれだけ私が苦しい思いをしたと思ってるんだ。私はただ、君と友達でいたかっただけなのに。



 ――大っ嫌い。

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