第20話

「大分話が逸れちゃったね。ごめんね、復讐の話に戻ってもいいかい?」


「うん。私の方こそごめんなさい。話の続きをしましょう」


 私たちはまた、ソファに座る。私は内心ほっとしていた。私にとって最悪な選択を、最終的にはしないでくれたから。これで海凪さんが尚離れると言ったら、復讐どころでは無くなってしまうところだった。


「ターゲットはクラスメイトとその両親。それは澪ちゃんに伝えたけれど、今回の復讐の件、親御さんに伝えていないよね? 今後も伝えなくて大丈夫かい?」


「大丈夫です。これから人を殺す、なんて言えるはずがないし、言ったとしても、何を馬鹿な真似を……って否定されて、私が行動に移せなくなると思う。だから……あの人たちも私をここまで追い込んだことを後悔すればいい。だから……言わないよ」


 私は即答した。考える時間なんて必要なかった。後悔して後悔して後悔して後悔して……絶望のドン底に叩き落とされればいい。私の心の声を……叫びを無視したことを後悔しながら、残りの人生を歩めばいい。


「これは復讐。全員を地獄に叩き落とせるのなら、私は喜んで殺人鬼になるよ」


「分かったよ」


 彼がお茶を啜る。

 カタン、と音を立てながらそれを置く。


「僕、まだ状況作りについて説明してないよね……?」


「うん。まだ下準備が終わったところまでしか聞いてないよ」


「そっか。それじゃあ、早速だけど状況作りについて説明しようか」


 ゴクン、と息を呑む。彼が考えたのだ。きっと凄い提案をしてくれるだろう。その時、私は一体何をすれば――


「まずはそうだな、一週間後……澪ちゃんには例の屋上から飛び降りて一度死んでもらおうかな」


「…………えっ?」


 私は彼の言葉の意味を、瞬時に理解することが出来なかった。衝撃のあまり言葉を失った。ポカンと口を開いたまま、何の反応もすることが出来ない。怒りという感情は湧かず、ただただ驚きという感情だけ私の中にあった。そんな様子の私を見て、海凪さんは小さく笑う。


「ああ、死んでもらうと言っても、本当に死んでもらうわけじゃないよ」


「…………?」


「つまり、栗花落澪は死んだ、とクラスメイトに思わせたいってことさ」


「それは偽造する……ということですか」


「そう、そういうこと。ただ復讐をするだけじゃ面白くない。死んだはずの君が再び彼女たちの前に現れる。その時の彼女たちの表情を想像したら……面白いと思わないかい?」


「確かに面白いかも」


「だろう? だからそうだね……今から一週間後の早朝、学校に侵入して偽造工作を行う。一緒に来てもらえるかな?」


「もちろんです」


 私の復讐を手伝ってくれるのだ。私が行かないという選択肢などあるはずがない。


 それにしても……と思う。クラス編成も偽造工作も全て簡単に出来ることではない。屋上へ外側から行くことも、何も使わずに降りることも。全てが高難易度。それを簡単にやってのけてしまう海凪さんは、私が想像しているより遥かに凄腕の殺し屋なんだろうな。


「そういえば、偽造工作するのは明日じゃダメなんですか……?」


「――そうだよね、もっと早い方がいいよね。だけど、僕の方で準備がまだ整ってなくてね。明日すぐに……というのが難しいんだ。ごめんね」


「いや、私の方こそごめんなさい。そうしたら、一週間後に屋上ですね。あ、でも……家に帰ったら親に学校行けって言われないかな」


「それについても考えてるよ。澪ちゃん、これから復讐までの間、僕の家に住まない?」


「え、海凪さんの家に……ですか?」


 予想していなかった言葉に、私は驚きを隠せない。


「一週間後、偽造工作を行うと伝えたでしょ?その間、学校も休んだ方がいいと僕は思う。もう、十分頑張ったんだし」


 優しい言葉を掛けられ、涙が出そうになる。


「家に帰ったら、学校に行かざるを得なくなる。それなら、いっそのこと家に帰らないで、行方不明ということにしてしまえばいい」


「一週間……行方不明ということにして撹乱し、発見された時には偽装ではあるけれど、学校の屋上から自殺した……ということにしてしまおう……ということですか?」


「そういうこと。その方が、今後の復讐がやりやすくなる。まあ、澪ちゃんが嫌だと言うなら、一度お家に帰すけど……」


「海凪さんにとって迷惑じゃなければ」


「もう。迷惑だと思ってたら、初めからこんな提案しないって言ったでしょ」


 確かに、少し前にも同じことを言っていた気がする。


 けれど、何度も確認しないと怖いのだ。彼には嫌われたくない。裏切られたく……ないから。


「ありがとうございます。そうしたら、少しの間、お邪魔してもいいですか」


「もちろん。僕からの提案だからね。けれど、澪ちゃんには不便な思いをさせてしまうね」


 ふむ……と考える素振りを見せたあと、彼は言った。


「この家にある危ないもの以外は自由に使って構わない。置き配にしてもらえれば、インターネットで買い物もしていいからね」


「え、けどお金が――」


「……? 僕が払うから大丈夫だよ?」


「いや、そういうわけには……」


「大丈夫。僕お金ないわけじゃないから」


 え、そういう問題……?


 別に、海凪さんにお金がないと思ったから言ったわけじゃない。最低限自分で買うものくらい払いたいと思った。


 けれど、お小遣が全て家にある。払いたくても払えない。だから言ったんだけど……


「うん?」


 何か変なことを言ったかな……? と表情が訴えてくる。それが善意だと分かっている。分かっているが故に胸が痛い。


「着替えとかだけ……注文していいですか」


「うん、もちろんだよ。僕には女性の下着とか分からないから、自分で選んでもらった方が助かるな」


 その言葉を聞いて、何故かほっとした自分がいた。


「…………?」


 胸に手を当てるが、その答えは分からない。

 けれど、もしこの感情に名前をつけるとするならそれは――


「どうしたんだい?」


「いや、何でもないよ」


 私は首を振り、考えることを中断した。

 そうだ……彼に言わなければならないことがあった。


「ねぇ、海凪さん」


 名前を呼ばれた彼は少し驚いた顔を見せた。


「どうしたんだい、澪ちゃん」


「――あのね、伝えたいことがあって」


「伝えたいこと……?」


 私はゆっくりと頷いた。首を傾げる彼のことを、真っ直ぐに見つめる。それから口を開いた。


「ありがとう、私のこと……信じてくれて」


「…………」


 突然の感謝の言葉に、彼は何か言おうと口を開いた。それでも、その言葉が吐き出されることはなかった。彼はグッと何かを我慢するように飲み込んだ。


「あの時……路地裏で出会ったのが海凪さんで良かった」


 それが本音だった。伝えられる内に伝えようと思った。最後まで一緒にいられるとは限らないから。


「――僕も、澪ちゃんと出会えて良かったと思うよ」


 ふわりとした笑みを浮かべる彼の顔を見た時、何故か違和感を抱いた。


 けれど、それを説明することは出来なくて。私はそれに気付かないふりをした。


「これからも……よろしくお願いします」


「こちらこそ。最高の復讐をしよう」


 私たちは笑い合った。

 その最高の瞬間を夢見て。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る