第18話

 海凪さんの言葉に、私は目を見開く。何が言いたいのか分からないわけじゃない。私はこれから復讐をする。それはつまり、あいつらのことを殺すということ。それは分かっている。理解している。


 だけど――


「どうしてそんなこと聞くんですか」


 私は彼の問いに答えることが出来なかった。質問を質問で返す卑怯な私を許してほしい。


「きっと、澪ちゃんは今まで普通の人として生きてきた。人を殺したことなんて、ないと思う。だからこそ、その重大さを分かってほしかった。人の命は……失ったら戻ってはこないから」


 質問で返したことについて何も言わず、私の質問に答えた。私は彼の言葉に頷く。


 理解している。分かっている。死んだら生き返らないことも、悲しむ者が必ずいることも、人を殺すことが重罪だということも。全部理解している。


 けれど――


 いじめられて、肉体的にも精神的にも限界まで追い詰められて。このまま何もせずに人生を終えてしまったら……不公平のまま終わってしまう。そんなこと、許せるはずがない。


 だから――


「人を殺したことは無い。それでも、自分をここまで追い込んだあいつらが、幸せに生き続けるなんて許せない。どの道を選んでも、私の人生は破滅へ向かうんだ。なら、最後くらい自分の感情に従って終わりにしたい」


「なるほどね。確かに澪ちゃんの言う通りだ。理不尽には抗わないとね」


 声のトーンが元に戻る。その表情に笑みが戻った。私の覚悟を理解してくれたということだろう。


「君の覚悟は理解した。それじゃあ、復讐への状況作りをしよう」


「状況作り……?」


「そう。下準備は既に終えている。クラス編成での細工は上手くいった。そして、澪ちゃんには言っていなかったけれど、復讐の対象者はクラスメイトと……その両親だ」


「…………」


 何を言われたのか理解出来ない。クラスメイトは私が頼んだ。だから理解出来る。けれど、その両親って……だって、そんなの――


「これはただの復讐じゃない。復讐という名の大量虐殺だ。やっぱりこういうのは、盛大にやらないとね」


「大量虐殺……」


 彼の言葉を繰り返す。頭の中がパニック状態になっている私を見て、彼は提案する。


「もちろん、君がそこまで求めていないというのであれば、それを止めることはできるよ。けれど、親がちゃんと愛情を注いで子どもをまともに育てていれば、こんなことにはならなかった。親にも責任があると僕は思うよ」


「それは……」


「澪ちゃんは優しいから、クラスメイトだけでいいと思うだろう。けれど、ごめんね。僕は優しくないから、親も最後は死ぬべきだと思う。まあ、生かして世間から冷たい目で見させ続けるというのも、一つの復讐方法だとは思うけれど」


「そうだね……」


 私は選択を迫られた。


 そこまでは求めていなかった。私をいじめたことを後悔すればいいと……壊される前に壊してしまおうと……それしか考えられていなかった。


 けれど、海凪さんの言葉を聞いて、その通りだと思ってしまった。私がこうなったのは、いじめという悪虐非道を繰り返すクラスメイトとその親のせいだと。人をいじめてはいけない。人の悪口を言ってはいけない。そんな、小学生でも分かるようなことを、ちゃんと教えなかった親のせいだと。親も一緒に不幸になればいいと……そう思ってしまったのだ。


「そうだね……海凪さんの言う通りだ。復讐の対象者、クラスメイトとその両親でお願いしてもいいかな」


「じゃあ、皆殺しでいいんだね?」


「――うん、それで大丈夫」


「分かったよ」


 ずっと物騒な話をしている。一般人と話していたら、こんな会話にはならないだろう。海凪さんは言っていた。探偵をしていると。それは本当だと思う。だけど、もしかしたら……


「ねぇ、海凪さん。私も一つ聞いてもいいかな?」


「うん? 構わないよ。なんだい?」


「ありがとう。あのね――」


 何となく引っかかっていた違和感。それが何なのか、この部屋に来て……銃を見て……分かった気がした。


 このタイミングで聞くことはリスクが大きい。けれど、隠し事はお互いになしにしたいと思った。完全に私のエゴだけれど。


「海凪さんって、探偵以外に別の仕事してるよね……?」


「えっ……」


 彼の目が大きく見開かれる。ああ、この反応は……当たりだ。


「多分なんだけど、表向きは探偵で……裏の顔は殺し屋とかそっち系なんじゃないかなって思ったんだけど、違う?」


「――どうしてそう思うの」


 彼は、私の質問に質問で返した。先程と同じ展開で、少しだけ安心した。彼も私と同じ人間だってちゃんと思えたから。


「違和感があったんだ。幾ら依頼したとしても、すんなり復讐の手伝いを探偵がするとは思わなかったから。けど、海凪さんは優しいから、そういうことにも手を染めてくれる人なのかなって、気付かないふりをしてた」


「…………」


「だけど、この部屋に来てそれは確信に変わった。パッと見た感じだと探偵さんの部屋って感じがする。整理整頓が出来なくて書類に埋もれてる探偵さんとか、漫画とかで見たことあるから」


「面白い探偵だね」


 彼はクスリと笑う。けれど、纏っている空気は冷たく重い。それでも、私は言葉を止めなかった。その答えを彼が求めているから。


「拳銃……あれを見て確信した。ああ、この人は裏社会の人なんだなって。だから、復讐とか人を殺すことの準備を手伝ってくれるんだなって。そう……思ったの」


「だから確認しようと思った……そういうことかい?」


「そうだね。これは私のエゴだけど、隠しごとはしたくなかった」


 私の答えを聞くと、彼がゆっくりと歩き出す。その先にあるものは例の拳銃で、彼はそれを拾って私に向けた。


「それを聞いたら、殺されるかもしれないとは思わなかったのかい?」


「思ったよ」


「それならどうして……」


「だって、それで殺されたら私はその程度の価値だったってことでしょ。私には残念ながら自殺する勇気はない。かといって、見知らぬ人やあいつらに殺されたくもない」


 私は彼の目を真っ直ぐに見て呟いた。


「不思議だね。殺されるなら海凪さんに殺されたいって、思っちゃったんだ」


「……っ!」


 彼の手が震えている。こんな優しい人に、残酷なことをしている自覚がある。本当にいけない女だと自分で思う。


 だけど、彼が私の手伝いをしてくれるのに対し、私は彼に何も返せない。何もしてあげられない。だから、ここで殺されても文句は言えない。


「殺す理由、出来ちゃったね。私のこと殺したくなっちゃったら、引き金を弾いていいよ」


 私の言葉に彼は――

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