第14話

 私と九条さんが握手をしたことが気に食わなかったのだろうか。天沢が睨んでいる。私は思わず笑ってしまう。


「そんな顔しないでよ。九条さんはあなたのことを親友って言ってるんだし、ただ友達として握手しただけなんだから」


「別に気にしてないけど」


「そう。そんな風には見えないけど」


 私の言葉に反論しようと、天沢は口を開いたけれど、九条にそれを止められ、怒りの矛先はまた九条に向いた。


「だから、ケンカするなら後にしてって言ってるでしょ。質問に答えてあげようと思ったけど……もういいの?」


「――そうとは言ってないでしょ」


「素直じゃないね。まあ、いいや。話していいけど、そんな楽しい話じゃないからね」


 それから私は呟いた。


「――殺人事件が……起きたんだ」


「…………」


 私の言葉に、誰も何も言わない。教室内が静まり返った。数秒前まで怒っていた天沢も、デリカシーの欠片もなかった鬼屋敷も、私の言葉一つで表情が硬くなる。


 シーン、と静まり返った教室内で、私の言葉が響く。


「殺された子はいじめを受けていた。犯人は私を除いたクラスメイト全員。いや、その学年全員と言った方がいいかもしれない。それは陰口から始まった。次第に全員で無視をし始め、物を隠す、壊す、捨てる行為が始まった。いつしかそれは当たり前になっていき、ノートもプリントもボロボロにされていた。いじめを受けに来ているようなものだった」


 クラスメイトは、ただ黙っていた。いや、何も言うことが出来ないという表現の方が正しいのかもしれない。


「私は特別その子に恨みがあったわけでも、殺したいほど憎んでいたわけでもなかったから、普通に接した。それが他の子たちは気に入らなかったんだね。何度も何度もその子を呼び出して、暴力を振るった。助けにいこうとした私に、ナイフを突きつけて制するほどに」


 私は一度言葉を区切ると、小さく溜息を吐いた。当時のことを思い出してうんざりしてしたように、見せるために。


「そんな学校に嫌気が差していた頃、父親の転勤の話が出て、こっちに移ってきた。ただそれだけの話だよ」


「…………」


「ね? 別に面白くなかったでしょ?」


 硬直する天沢に、私は笑みを向けた。


 ――先程の仕返しだよ。


 その言葉を、私は心の中に留めた。


「そ、れで……その子は最後どうなったの」


 口を開いたのは鬼屋敷だった。その声は僅かだが震えていた。


「言ったはずだよ。殺人事件が起きたって。だから、殺された以外の答えはないよ」


 私はさらりと告げた。その場にいた全員が息を呑んだ。


「このクラスもさぁ、殺人ではないにしろ、自殺者を出している……よね?」


 ビクン、と何名かが反応する。そんなクラスメイトの様子を、私はジッと見つめる。


「死んだ人間は還ってこない。人の命って……存外儚いものなんだよ」


 ――その時、予鈴が鳴る。もうすぐ、次の授業が始まる。クラスメイトは準備をしようと動き出そうとした。


「――私が話した事件を知っているのは、関係者と被害者、その両親。そして話を聞いてしまったあなたたちだけ……こんなつまらない話を聞いて、一体何がしたかったの?」


 私は再びジッとクラスメイトを見つめる。その問いに答えられる者はいなかった。だから私は、視線をズラして天沢のことを見た。


「人が話したくないことを聞き出して……満足した?」


 その言葉に、天沢は顔を真っ赤にさせ、何も言わずに自席に戻っていった。クラスメイトも、気まずそうに話しかけてこなかった。


 ――本当にくだらない。


 私は小さく溜息を吐く。やがて本鈴が鳴り、教師が入ってくる。教師は気付かない。教室内が異様な空気になっていることに。そのまま淡々と授業が続き、気付けばHRも終わっていた。


 ――案外直ぐに終わるものなんだな。


 何も聞かず考え事をしていれば、直ぐに終わることに気付いた。


 周りを見ると、部活の準備をする者、帰る準備をする者、談笑する者と様々だった。私は来たばかりで部活に入っていない。帰ろうとカバンを手にした――その時だった。


「ね、ねぇ……!」


 声を掛けてきた生徒がいた。ふい、と声のした方に視線を向けると、そこには鬼屋敷がいた。あんな話をしたばかりで、懲りずに声を掛けてくるその精神は賞賛したい。


 あの話をした後、話しかけてくる生徒はいなかったから。


「えっと……まだ聞きたいことが……?」


「聞きたいこと……というか、その……」


 しどろもどろになる彼女に、私は首を傾げる。一体何なんだ……?


「どうかしたの……?」


「あ、のさ……もし良かったら友達にならない……?」


「――え?」


 勇気を出したのだろう。その顔は真っ赤だった。その勇気を出して出された言葉に、私はすぐに返事をすることが出来なかった。私にとってその言葉は衝撃的なものだった。それが鬼屋敷から発せられた言葉だからこそ尚更に。


 友達……友達……友達……


 鬼屋敷の言葉が頭の中で谺する。気付いていないなら、私にその言葉を言っても仕様がない……か。私は無理やり納得させる。気に食わないけれど……


 私は嘘の笑みを浮かべて頷いた。


「うん、もちろんだよ。これからよろしくね、鬼屋敷さん」


「……! うんっ!」


 嬉しそうな面持ちを見せ、部活の準備をし始める鬼屋敷の背中を見て、私はその顔から笑みを外した。



 ――くっだらない。

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