第13話

「初めまして」


 事件から一週間後、転入生はきた。何故この時期なのか。何故このタイミングなのか。


 誰もその真実を知らず、全てが不可解で、クラス内は雑音に包まれた。


「静かに。突然だが、今日から一緒に勉強をすることになった浅葱紫苑あさぎしおんだ。最近のもあり気が気じゃないと思うが、それとこれとは話が別だ。仲良くするようにな」


「浅葱紫苑です。よろしくお願いします」


「…………」


 クラスメイトはその言葉に誰も頷かなかった。


 烏の濡れ羽色のような髪に赤い瞳。地味な制服を見に纏い、鞄を体の前で持ってにこりと微笑む。


 誰も気付かない。誰も疑ってすらいない。ただ可哀想な人。自殺者を出した学校に……クラスに転校してきた可哀想な人。その程度の認識だった。きっと、その場にいる全員がそうだったと思う。


 そんなクラスメイトの認識は、私にとってとても助かるものだった。


 私は運がいいのか悪いのか、一番後ろの席に座るように言われた。栗花落澪が座っていた席に。私はぺこりと頭を下げる。自殺した生徒の席に案内されたことに、何も思わなかったわけじゃない。それでも、私はそれを表情には出さなかった。


 クラスメイトは私の言葉に頷かなかった。それでも、少なくとも興味は示していたように感じる。物珍しいかのように私のことを見ていたから。


 座る瞬間、カタン……と音が鳴った。ふと視線を感じ横を見る。視線と視線が交わり、相手は「あっ……」と小さく声を漏らした。


「初めまして、浅葱紫苑です。もし良ければお名前を聞かせていただいても?」


「あ、初めまして。私は柊杏咲。これからよろしくね、浅葱さん」


「うん、こちらこそよろしくね」


 私はゆっくりとその言葉に頷いた。


 私が来たその日には、既に授業が再開されていた。一週間に自殺者が出たとは思えないほど、淡々と授業は行われていた。


 ――つまらないな。


 知ったところで将来必要ないと思える授業ほど、退屈なものはない。まだ、将来必要とされる授業を聞いていた方がマシだ。


 そういえば……栗花落澪がここまで嫌われていた理由は何だろう。クラスメイトを見るに、悲しんでいる生徒はいないように見える。いじめ……ターゲットにされて耐えきれなくて自殺した。そう考えるのが無難で、それ以外の理由はあまり考えられない。友達と喧嘩した……? それだけで自殺するものなのか? 分からない。


 けれど――


 嫌われていたということだけは、はっきりと分かる。ここまで誰も気にも留めていないとは思わなかった。


 栗花落澪のことを考えていたら、授業が終わっていた。号令をし、教室内にざわめきが戻る。


「えっと、確か次は――」


「ねぇねぇ、浅葱さん!」


 次の授業の準備をしようとしたら、何故かクラスメイトに囲まれた。突然のことに驚いていると、質問責めが始まった。


「浅葱さんってどこから来たの?」


「前の学校はどんな感じだった?」


「趣味とかあったら教えてー!」


「Lime教えてー! 招待送るよ!」


 質問責めなんて、アニメなどの二次元の世界だけだと思っていたから、この状況が不思議でならない。


 別に質問されるのは構わない。それでも、質問責めにされて休み時間が終わる。それだけは勘弁してほしかった。まあ、初日だから仕様がないのかもしれないけれど。


 私は心の中で溜息を吐いた。質問に答えていく中で、私は一人の生徒のことを見る。


「ごめんなさい、質問に答える前にあなたのお名前を聞いても?」


「あ、ごめんね。私の名前は鬼屋敷李依。よろしくね」


「鬼屋敷……さん。うん、覚えたよ。こちらこそ、これからよろしくね」


 私たちはにこりと笑い合う。


「質問……遮っちゃってごめんね」


「ううん、大丈夫だよ。それでさ、浅葱さんってこの学校に来る前はどこの学校に通っていたの?」


「……聖蘭高校って学校なんだけど、分かるかな……?」


 その言葉を聞いた瞬間、鬼屋敷の目の色が変わる。


「聖蘭高校って超お嬢様学校って言われているあの……?!」


「超お嬢様……まあ、そうだね」


「え、どうして辞めちゃったの……?」


「どうして……? うーん、まあ……色々とあってね親の都合とかもあったし……」


「色々って? 親の都合って……もしかして離婚とか?」


 私は敢えて言葉を濁した。それでも、鬼屋敷はそれを許してはくれなかった。面倒くさいなと内心思う。その言葉は咄嗟についた嘘だった。親の都合と言われたら、深追いされないと思ったから。


 けれど、予想以上に鬼屋敷にデリカシーというものがなかった。というか皆無だった。私は言葉を選ぶ。


「離婚はしてないよ。親の仕事の都合でこっちに来たんだ」


「へぇ。転勤ってやつ?」


「そう。そういうやつ」


「ふーん、そっか。大変だったんだね」


 興味が無くなったのか、鬼屋敷は深追いをしようとしなかった。私は少しだけ安堵した。このまま嘘をつき続けるのは難しかったから。だけど、安堵したのも束の間……


「色々あったって言ってたけど、転勤以外に何があったの?」


「えっと、あなたは……」


 その声は鬼屋敷のものではなかった。声の方に視線を向けると、そこにいたのは――


「ああ、自己紹介がまだだったね。私は天沢芽衣。浅葱さん、だよね? これからよろしく」


「えっ、ああ……よろしくね」


「それでさ、さっきの質問だけど、転勤以外に何があったのか、私知りたいなぁ」


 ニヤリと笑った天沢に、思わず訝しげな目を向けてしまう。すると――


「ちょっと芽衣!」


 天沢の隣にいた生徒が、困惑したように声を上げる。それでも、天沢は平然としていた。


「どうしたの、明日香。急に大声出して」


「どうしたの、じゃないでしょ。彼女が言葉を濁したんだから、それ以上追求するのは――」


「もう。明日香は真面目だなぁ。ただ知りたいから聞いただけじゃん。知りたいことを聞くのって、そんなに悪いこと?」


「悪いことっていうか……さすがに失礼すぎるよ」


「何? 明日香だって本当は知りたいんじゃないの? 何、親友の私より今日来た浅葱さんの味方をするの?」


「敵とか味方とかないでしょ」


「あるでしょ。え、何なの?」


 よく分からないけれど、プチ喧嘩が始まってしまった。別に二人が喧嘩をするのは構わない。けれど、理由が自分というのは、少し後味悪い。


「――あの、ケンカするの後でにしてもらってもいいかな?」


「えっ、ああ……ごめんね、浅葱さん」


「ううん、私の方こそごめんね。なんかケンカする原因を作っちゃって」


「いや、そんな事ないよ。私の親友がごめん。私は九条明日香。これからよろしくね、浅葱さん」


 スっと差し出されたその手を、私は迷わず握った。

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