第12話
――栗花落澪が遺体で発見された。
家に帰らず、両親が捜しても見つからなかった彼女は、学校の屋上から飛び降りて自殺した。その事実はニュースで大きく報道され、世間はその話題で埋め尽くされた。学校内は騒然としており、教師たちは慌てふためいていた。
一週間前、教室を飛び出した後、学校を出た形跡が見られず、もしかしてこの一週間、ずっと学校内にいたのでは無いか、という噂話も出ている。ただでさえ、学校内で自殺者が出て大変だというのに、そんな話も出ているせいで、報道陣が詰め寄っていた。
生徒たちはそんな様子を、他人事のように見ていた。
栗花落澪の両親は泣き崩れた。澪にとっては偽善者のように見えていても、両親にとって澪は大切な娘なのだ。飛び降りたという情報に心を病み、精神を壊した。
一方、自殺者が出た学校内では、教師だけが焦った様子で報道陣の対応をしていた。他学年は分からないが、同学年の生徒たちは通常運転……寧ろいつも以上に賑やかだった。
「ねぇ、ニュース見た? 栗花落の奴、自殺したらしいよ?」
「見た見た! 屋上からでしょ? ほんと、最後まで迷惑な奴だよね」
栗花落がいなくなって、鬼屋敷は大層ご機嫌な様子で取り巻きと話をしていた。そんな鬼屋敷の話しを、纈はただ黙って聞いていた。会話に入る素振りを見せない纈に、鬼屋敷は首を傾げる。
「陽彩、さっきから黙ってるけど、どうかしたの?」
「いや、別に」
あからさまな態度に、鬼屋敷がムッとした表情を見せた。取り巻きたちはその光景に息を飲む。
「もしかして、栗花落澪と友達を辞めたこと、自殺させるまでに追い込んだこと、後悔してるの?」
「………………」
纈は答えなかった。反応を示さない纈に、鬼屋敷はグイッと顔を近づける。それから低い声で睨みつけながら言い放つ。
「今更そんなくだらないこと思っても無駄だよ。陽彩は私たちと同じ……栗花落を自殺に追い込んだ殺人犯なんだから」
「――分かってるよ」
殺人犯。その言葉が、纈に重くのしかかる。そんなつもり無かった。それが本音だったもしても、栗花落が自殺をしてしまった以上、受け入れるしかない。何故そうなってしまったのかは、誰が見ても明白だったから。
「けど、陽彩的には助かったんじゃないの? 栗花落が臆病で」
「――どういう意味」
纈が鬼屋敷を睨む。
けれど、鬼屋敷は意に返さなかった。
「そのままの意味だよ。だって、一週間前のあの時に友達をやめた理由をもし聞かれていたら……陽彩答えられたの?」
「答えられるわけ……ないでしょ」
「そうだよね。栗花落と友達をやめないと、ヤ○ザをしている私の彼氏が、栗花落のこと回しちゃうかも……なんて言われたら、やめるしかないよね」
悪魔のように笑う鬼屋敷に、纈はグッと拳を握る。
「まあ、結局……栗花落は陽彩と友達をやめたことに絶望して自殺したんだけど……それがあいつの運命だったってことで!」
鬼屋敷はパンっ! と手を叩くと、もう関心をなくしたのか別の話を始めた。といっても、それは次のターゲットの話。取り巻きは嫌われたくないからか、必死に話を合わせる。
懲りずに次のターゲットを決めている鬼屋敷。そんな話を聞いて必死に頷く取り巻きたち。一歩離れたところで聞いていた纈は、心底くだらないと思った。殺人犯だという自覚があるのかないのか分からず、纈の口から溜息が溢れてしまう。
けれど、それを止める権利が自分にはないことを、纈は理解していた。それ故に口出しすることが出来なかった。
廊下から校門へ視線を向けると、報道陣が押しかけていた。
どいつもこいつも、暇人なのか。
人の死を餌に群がる豚が。気色悪い。
自分たちのせいで栗花落澪が自殺したと言うのに、我儘な感情を抱いてしまう。
「それでさぁ、次のターゲット、誰がいいと思う?」
「え、そうだなぁ……
「――そうだね」
纈は話を聞きながら、挙げられた名前に疑問を抱く。
――柊杏咲が次のターゲット?
「どうして……杏咲なの?」
その言葉で、全員が振り返る。その視線の先にいたのは纈だった。纈は自分の口元を抑える。心の中で思っていたことを口にしていたと、その時に気付く。
「え、陽彩……興味あるの?」
「興味があるというか……理由を知りたいと思って」
「理由? 理由かぁ……そうだなぁ……強いて言うなら……芽衣に一番に気に入られててチヤホヤされてるのがムカつくから……かな。まあ、理由なんて適当だよ。ただ何かウザいから攻撃するだけ」
「栗花落さんの時もそうだったの……?」
その名前が出た瞬間、鬼屋敷の眉がピクんと動いた。もう聞きたくない名前だったのだろう。バカにするように口を開いた。
「あいつの場合は存在自体がウザかったから遊んであげたんだよ」
「遊んだ……? 随分と悪趣味な遊びだね」
「そう? ありがとう」
「全然褒めてないんだけど」
「あれ、そうなの? まあ、なんでもいいけど」
鬼屋敷はカラカラと笑う。まるで内容なんてどうでも良くて、纈と話せているだけで嬉しいと言いたげに。
「それで、次のターゲット杏咲にしようと思うんだけど、いいよね?」
鬼屋敷は纈に確認を取る。取り巻きたちは省かれたくないからか、必死にそれに頷く。
纈は考える。もう誰かを傷付けるようなことはしたくない。けれど、それを止める権利が、今の私にはもうない。それでも、一緒にやらないという選択肢を取る事は出来るだろう。だから――
「申し訳ないけど、私はもうやらないよ」
「はぁ? 何それ。栗花落のこと自殺に追い込んでおいて、今更偽善者ぶる気?」
「そんなつもりないよ。ただ、もう……私のせいで誰かが傷付くのは……悲しむ姿は見たくないの。だから私はやらない」
纈は小さく首を振り、鬼屋敷たちから離れた。栗花落が死んでしまった以上、もう鬼屋敷たちと一緒にいる意味はないのだ。
鬼屋敷が纈の名前を叫ぶ。それでも、纈は振り返らなかった。
一人歩いていく纈に対し、鬼屋敷は怒りを顕にした。
「ねぇ、皆は私の味方だよね?」
取り巻きたちにそう訊ねる。一人になりたくない取り巻きは、必死にその言葉に頷き、必死に鬼屋敷のことを擁護する。
「それならさ……さっきの話はなしにして、次のターゲット、あいつにしよう?」
栗花落の遺体が発見された翌日、次のターゲットが纈陽彩に決まったことがクラス内で話題になる。それでも、それに反対する者はいなかった。皆、自分の身が可愛いのだ。数分前まで友人だったとしても、自分可愛さに友を売る。皆、独りになりたくないから。
纈はその現実を受け入れていた。栗花落澪に希望を与え、そして地獄へ突き落とした。その罰が今自分に来ている。そう思ったから。
知り合いの死。
数日前までそばに居たクラスメイトが亡くなったというのに、クラス内は通常運転……いや、今まで以上に悲惨なことになっていた。ターゲットが自分になったことにより、やることなすことが過激になっている。外にいる報道陣のことなどお構い無しに。
自殺者を出したクラスとは思えないほど、そのいじめは醜悪だった。いじめられながら纈は思う。こんな地獄みたいなことを、栗花落は今まで耐えていたのかと。そりゃあ、自殺したくもなる。
血の繋がりを持たない赤の他人。他人の死を嘆くことが出来るのか。その答えは誰も持ち合わせていない。悲しむことが出来る者もいれば、逆に罵り嘲り笑う者もいるだろう。鬼屋敷たちのように。
人間は赤の他人の死を嘆くほど、良く出来ていない。他人の死を嘆いている者がいるとするなら、悲しんでいる自分に酔っている者だ。無意識に良い人アピールをしようとしてしまっている。人の死で悲しむことが出来る自分は優しいんだと。
血の繋がりを持つ者、家族になった者にしか分からない苦しみがある。私にはそれが分からない。ただただ困惑するのみだった。
だから、自分のせいで栗花落は死んだのに、涙のひとつさえ出てこない。
何処で誰が死のうが、無関係な人間からしてみたら、何億人といる人類のほんの一人がこの世を去った。その程度の認識だと思う。自分もきっと、それをただテレビで見ているだけの傍観者だったら、可哀想にと思って終わっていたと思う。
纈は小さくため息を吐いた。こんな小さな世界で人気者でいた自分が恥ずかしく思う。必死に抗って生きていた栗花落の方が何倍も偉かった。
「ごめん。ごめんなさい」
もういない。どこにもいない栗花落のことを思い、纈は涙を流しそして謝罪の言葉を口にした。
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