第6話

 海凪さんと喫茶店でお話した翌日、私はいつものグループに呼び出されていた。いつものことと言えばいつもの事だが、場所が体育館倉庫だったが故に、嫌な予感がした。


 行く末がひとつしかないということは、嫌でも分かる。それでも、行かないという選択肢は私にはもうない。行かなかったその先の未来がさらに辛いものだと、分かっているから。


 時間帯はお昼休みだった。放課後では部活動で使うからだと思う。馬鹿なくせに変なところだけ頭が働く。まあ、私も人のこと言えないけれど。


 人が来ない時間帯を選んだ。それは理解出来た。私は小さく溜息を吐く。そのせいで私のお昼休みがなくなったのだ。勘弁してほしい。


 私は重い足を動かして、その場所へと向かった。そこには既に、私を呼び出したグループのメンバーが揃っていた。


 ――暇人共が。


 そんな言葉を、心の中で思う。きっと、口に出したら殴られる。苦痛は最小限で抑えたい。


「――来たけど、今回は何が気に食わなかったの」


 目の前にいるのはグループの副リーダーである鬼屋敷李依きやしきりえだ。私の心を壊した張本人。本当ならば関わりたくないのだが、仕組まれているのかクラスがずっと一緒のため、仕方がないのだ。


 鬼屋敷は私をストレス発散の道具にする。機嫌が悪いと特に酷い。気に食わないことがあると、暴力を振るう。何も無ければ、命令するだけで取り巻きにさせて高みの見物をする。それが彼女のやり方だった。


「お前、昨日男と一緒にいたんだって?」


「そうだけど……それが何?」


 ……見られていたのか。昨日、呼び出される前に教室を出たから、その報復かと思ったけれど、この様子だと――


「それが何?じゃねぇよ。調子に乗るなって言っているのが分からない?」


 何となくだけれど、言いたいことが分かる。つまり、羨ましいのだ。私が男と一緒にいることが。自分には男の影すらないから。自分より劣っているはずの女が、男と仲良く喫茶店で会っているその状況が、腹立って仕様がないんだよね。


「醜い嫉妬だね」


「は?」


「どうして私が男の人と一緒にいることが、調子に乗っていることになるわけ?私が男の人と会って、あなたに迷惑かけた?言い掛かりをつけてくるのやめてくれない?」


 どうしてだろう。今までの私だったら、反論することすら諦めていた。ただその暴言を受け入れて、必死に感情を無にして時間が過ぎるのを待っていた。


 けれど、昨日海凪さんに言われたからかな。今は……この暴力が怖くない。壊されない自信があった。これを耐えれば、楽しい復讐が出来る。それだけが、今の私の生きがえだ。その為ならば、どんなことにも耐えられる。


 やられてきた分を……倍にして返せる。私が今後しようとしていることへの、理由が付けられる。その為ならば――


「自分たちがモテないからって、こうやって難癖つけるのやめてくれない? 正直に言って迷惑なんだけど」


 その瞬間、鬼屋敷が私の胸倉を掴む。


「あまり巫山戯たこと抜かしてると殴るぞ?」


「いつも殴ってるじゃない。今更同意を求められても困るんだけど」


「……殺されてぇのか」


「ふふっ。そんな度胸ないくせに」


 挑発的な言葉が、自然と口から零れてしまう。ここまで言うつもりはなかった。それでも、口から零れてしまった。もう、無かったことには出来ない。怒らせて殺されたら本末転倒だな……と私は心の中で苦笑する。案の定、鬼屋敷はキレた。


「そこまで啖呵切ったんだ。嬲り殺されても文句言うなよ」


 ――殺されたら文句言えなくないか?そんなことを思ったりしたが、言える状況ではなくなった。


 鬼屋敷が拳を振り上げる。その目を見た時、本気で嬲り殺されると思った。抵抗しても無駄だろうな。


 ――ああ、しくったな。


 私は自分の失態にまたしても苦笑する。本気で殴られたら、どれほどの痛みを伴うのだろう。殺されるほどに殴られた時、私は一体何を思うだろう。


 きっと、私がここで殺されても、私の代わりに彼が復讐を代わりにしてくれる。約束なんてしていないけれど、そんな気がした。


 復讐の舞台を用意してくれる。そんな言葉が私の支えとなって、今は恐怖心よりも好奇心の方が勝っていた。この人たちは、どんな形で生き地獄を味わうことになるのか。それを考えるだけで、わくわくした。


 ――ああ、きっと私は狂っている。


 きっと、他の人ならこの状況に恐怖しか覚えない。それが正常。だけど、私は異常者の部類に入ると思う。だからきっと――


「ねぇ、何してるの?」


 鬼屋敷はピタりと動きを止める。拳が目の前まで迫っていた。それが言葉一つで止まった。


「陽彩……」


 鬼屋敷が小さな声で呟いた。その声は微かに震えていた。きっと、鬼屋敷にとってこの人は大切な人で、この状況を見られたくない唯一の人なのだろう。殴ろうとした拳を下ろし、胸倉を掴んでいた手を離した。


 纈陽彩ゆはたひいろ。グレージュウルフの髪型にしている彼女は、色々な意味で有名だった。


 鬼屋敷がいるグループのリーダーだが、いじめには一切加担しない。いじめの現場にいることすらない。ただ、いじめが行われている時以外は、そのグループの中心にいる。


 クラスの人気者で、誰もが彼女と友達になりたがる。そんな、クラスの中心にいるような人物。同じクラスにいれば、嫌でも目に入る生徒だった。


「李依、もう一度聞くよ。今、何をしていたの?」


「ち、違うの。これは、その――」


「何をしていたのかって聞いているの。一人に対してこんな寄って集って。私言ったよね? いじめをする人のことは好きじゃないって。そんなに嫌われたいの?」


「ち、ちがっ! そんなつもりじゃ――」


「日本人女子特有のものなのかは知らないけど、本当に自分たちとは違う考えの人を省きたがるよね。理解に苦しむよ」


 纈は軽蔑した目を、躊躇することなく鬼屋敷に向けた。対して鬼屋敷は涙目になっている。先程の勢いはどこへ行ったのか。


 リーダーではなくサブである鬼屋敷が仕切っていたことに、疑問を抱かなかったわけではない。それでも、リーダーの纈がサブである鬼屋敷に命令をして行っているものだと、勝手に自分を納得させていた。ある意味高みの見物をしているのだと。


 けれど、この様子を見るに違う。あんなにあからさまにしていて、気付かないわけがないとは思うが、演技には見えない。


 鬼屋敷は、纈に気付かれないようにやればいいと思っていたのだろう。その目からは涙が溢れていた。


 ――泣きたいのはこっちだよ、と思った。それでも、私はそれを言うことを躊躇した。鬼屋敷を見る纈の顔が、誰がどう見ても怒っていたから。


「私の友達がごめんね」

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