第六話『陽と明の合一』

 採血後すぐ、検査結果が出た。


「結果はそちらの用紙の通りですが、実は……驚くべき事実が判明しまして……」

 真剣な眼差しの医者から、明と陽太へと、結果用紙が手渡された。

「何これ、初めて見る字面だわ。なんて読むんだろう……『Rh null』アールエイチ ナル型?」

 明が、聞きなれない血液型の名を読み上げた。

「あ、俺のも同じだ」


 明と陽太の血液型は、完全に一致していた。


「さぁ、何だろうね……お母さんもさっぱり。先生、二人の血液型は、珍しい血液型なんですか?」

 母が尋ねる。

「『Rh null』。珍しいも何も……とんでもなく、超超超希少です!」

 医者は、研究者の血が騒ぎでもしたのか、興奮気味である。

「何ですかその、あーるえいちなんとかって言うのは? まさか病気とかじゃないですよね!?」

 母が、良くない方に予想する。

「病気ではありません。いい意味で、ありえないような血なんです」

「どういうことですか? 詳しく聞かせてください」

「ええ、もちろんそのつもりでした。通常、赤血球の表面には、最大で三百四十二種類もの抗原があります。この抗原の組み合わせで、血液型は決まります。さらに詳しくお伝えすると、最もメジャーな『A・B・O・AB』の四種類に血液型を分類する『ABO式血液型分類』だったり、他にも『Rh+』アールエイチプラス『Rh-』アールエイチマイナスからなる『Rh式血液型分類』などを使って、何百種類にも血液型が分類される、という具合です。それらの中でも、『Rh null』型は特に特別で、抗原を一切持ちません。つまりそれは、誰にでも輸血することができる血である、ということです。しかし裏返せば、『Rh null』型の血液を持つ人に対しては、『Rh null』型の血液しか、輸血ができないという問題もあります。何せ、世界に四十三人しかいない……あ、お二人を人数に加えれば、四十五人、が正しいですね。いずれにせよ極めて希少な血液型ですから、ドナーを探すのは本当に大変です。そういうわけで、俗に『黄金の血』と呼ばれたりもします」

 医者は、小難しい話を、淡々として見せた。

「「「……」」」

 三人とも、あまりの衝撃に、言葉が出ない。

「えーっと、誤解しないでくださいね。この状況、決して悪くはないですよ? 言ってしまえば、明さんは目の前には、ご自身に完全に適合する血液を持つ、この上ない信頼できるドナーがいる、ということですから。お兄さんさえ良ければ、ですけど、いかかでしょう?」

 医者は、何かを知っている、と言わんばかりの意味深な表情で、明と陽太の顔を交互に見る。

 母も、ちょっぴり嬉しそうに、微笑んで、二人を見守る。

 明と陽太は、一瞬目を合わせると、ばつが悪そうにして、だまりこんでしまった。

「もう、陽太ったら、水臭いわね! 妹のピンチでしょ? 兄らしくバシッと、『はい』って返事しなさいよ!」

 母は、陽太の肩を、軽く叩いて、そう言った。

「……はい」

 恥ずかしそうな返事だった。

 

 陽太からの『黄金の血』の採血は、何度かに分けて行われた。総採血量は、一リットルに達した。その大量の血潮のおかげで、手術は無事、成功した。


〈第七話『黄色い花びら』に続く〉

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