第五話『血の行方』
明は、救急車で病院へ運ばれた。
陽太はもちろん付き添いで、一緒に乗り込んだ。
しかし、明がベッドで目を覚ますと……
そばには、母と、医者だけがいた。
明は、上体のみ起こして、ベッドの上に足を伸ばした状態で座る。
膝をギプスで何倍にも膨れ上がらせていて、動きにくそうだ。
「変形性膝関節症、ですか?」
母が尋ねる。
「はい。原因は、走り過ぎによる膝関節への大きな負担でしょう」
医者が、難しそうな顔をして、答える。
「膝をやっちゃうなんて、明、まだ若いのに……」
「ええ。普通、お年寄りや肥満気味の方に多い症状です。どうしてこんなになるまでがまんしちゃったのか……」
明はまだ高校生。体もスラリとしている。どちらにも、当てはまらない。
「明……無理しちゃ、ダメじゃないの」
「……ごめんなさい」
明は俯き、そう
「……もちろん頑張ってたのはわかるから、謝る必要は、ないんだけどね。先生、明の膝は今、どんな状態なんですか?」
「膝の軟骨がすり減って、関節の隙間が極限まで狭くなっています。そしてついに骨同士がぶつかり、激痛が走った、というところですね」
「治るんでしょうか……」
「治療法はいくつかあります。ですが、自然治癒では厳しいでしょう。私としては……『人工膝関節置換手術』を、強くおすすめします」
「人工膝関節……というのは、何です?」
「その名の通り、膝に人工関節を入れます。膝を切り開いて、傷んだ膝関節の表面を取り除き、チタン合金やコバルトクロム合金と言った生体材料でできた人工関節に置き換えます」
「そんなに、ひどい怪我なんですね」
「はい。それに、かなり深くメスと……電動ノコギリが入ることになりますから、出血を多く伴います。脅すわけじゃありませんが、輸血が必要になるくらいの、手術になります」
明は医者の言葉を聞いて、思わず、左膝を包帯の上から押さえた。
「輸血って言うと……そうだ、先生。お恥ずかしながら……そもそも明は血液型、調べてないんです」
「そうでしたか。まぁ、十年ほど前から、出生時の血液型検査は、やらなくなりましたからね。それに、出生直後の血液検査は、母体からの抗体が多かったり、赤ちゃん自身の抗体が少なかったりして、検査結果が不安定ですから、いずれにせよこういう場合、医療機関側としては、必ず再検査をしてもらうことになってます。輸血となると尚更、詳細な検査が必要になります」
「わかりました。じゃあ、そうしてもらいましょう。ね、明?」
母がそう言うと、明は首を縦に小さく振った。
「それと、ついでに申し上げますと、出血が見込まれる手術の場合、あらかじめ患者さんからある程度の量の血をとっておいて、自己血輸血の方法をとるのが一般的です」
「はぁ、そうなんですか」
「ちなみに明さん、貧血の症状はありませんか?」
「あ、少しあるわよね?」
「うん」
「ちなみに、特にひどい場合だと、どんな体調不良があります? 大体の感じでいいです」
「えっと、しんどい時だと、頭がクラクラして立っていられなくなっちゃいます」
「わかりました。それだと残念ながら、自己血輸血は難しいですね。健康診断の採血なんかとは比べ物にならないくらいの量、採血することになりますから」
「そうなんですね。じゃあ、手術の時の輸血の方法は……」
「他の人の血を使うしかありません。ですのでこれからの手順としては、まず一旦、明ちゃんの血液型を調べさせてもらって、それから適合する
「明、どうする?」
「そうだなぁ、そういうことなら今日、お願いしようかな」
「そうよね、それがいいわよね。あ、先生、実はうちの長男も、血液型をまだ調べてないんですけど、明と一緒に検査してもらうことってできますかね? 今、待合室にいるんですよ」
「はぁ、そうですか。それくらい、こちらとしては全く、構いませんよ」
「じゃあ、二人分お願いします」
母が軽く頭を下げる。
「ねぇねぇお母さん、お兄ちゃん、血液検査なんて興味ないって言ってなかったっけ?」
「それは、昔の話よ。陽太、つい最近、検査してみたいなって言ってたのよ」
「へぇ、そっか、知らなかった」
「なになに、あんたたち、ひょっとして、最近話してないんじゃないの? そう言えば今朝も、隣同士でご飯食べながら、二人は全然口を聞かなかったじゃない」
「んー、まぁ、ちょっとね」
明は、苦笑いだ。
「えーっと……その、よろしいでしょうか?」
医者は、家族の込み入った話に、少し戸惑っている。
「すみません、あまりに個人的な話をこんなところで。とにかく、この後血液検査をお願いします。今、長男を呼んできますので!」
こうして明と陽太は、血液検査をすることになった。
〈第六話『陽と明の合一』に続く〉
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