第四話『追憶』

 ある日の練習中。


 明は一人で、何度も何度も全速力の走り込みを繰り返していた。

 トラックの端で、膝に手をつき、激しく息切れしている。

「はぁ……はぁ……よし、ラスト一本!」

 へとへとの体に、鞭を打つ明。

 トラックの半周先、明の使っている場所とは正反対のところに、兄の陽太がいる。

 足を止めて、無理をする妹をじっと見ていた。

 明は体を起こして伸びをすると、白いスタートラインに、ゆっくりと左足を軸足として添える。


「大会が迫ってるんだからね……がんばれ、私!」


 前傾姿勢をとり、次の瞬間、勢いよく右足で地面を蹴り、そのまま力強い一歩目を踏み込む。

 二歩目、三歩目、四歩目と、順調に真っ直ぐなレーンに沿って加速していく。

 最後の一本とは思えない、風を切るような全速力。

 左へと曲がるカーブにさしかかる。

 そこで……


 明の左足が、骨の抜けたように脱力して、彼女は地に崩れ落ちた。


「ぐあぁっ!!」

 トラックの硬い地面に倒れこむ明。

 のたうち回り……

 左の膝を、両手で押さえる。

 膝は、元の大きさの倍以上に、赤く膨れている。

 明は、痛みのあまり、失神してしまった。


 ぐったりとした明の向こう側から、一つの、細長い人影が、急速に近づいて来る。


「おい! 明!」


 陽太だ。

 

 兄は、花屋の店先でのあの日のように、妹を優しく抱きしめた。


〈第五話『血の行方』に続く〉

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