第三話『良知の不在』
赤土色のトラック。
内側の白線を踏まないよう、際を攻めて左曲がりのカーブを走るのは、明。
肘が直角に曲げられた腕には、黄色いバトンが握られている。もう一方の指先は真っ直ぐ伸びて揃い、鋭利な手刀となっている。脚は、リズム良く交互に振り上げられ、両膝の最高到達点は、決まって腰の高さちょうど。背筋は地面に対し、ピンと垂直に立てられており、まるで、ロボットかと思うほどに、ブレ一つない完璧なフォーム。直線で加速する。勢いを少しも殺さずに明がバトンを手渡したのは……
陽太だ。
明と陽太は、他の部員二人も合わせて計四人で、『男女混合4×100mリレー』の練習の最中だった。
陽太は、明と全く同じ走法だ。が、スピードは、陽太の方がやや速い。遠目では、冷静そのものに見えるが、間近でその表情を確認すると、かなり苦しそうなのが見てとれる。他三人からのバトンの意思を継ぎ、あっという間にトラックの半周を駆け抜けると、見えないゴールテープを切る。ゆっくり減速し、立ち止まると、膝に手をつく。口を軽く開いて、空気を激しく出しては吸い込むと、頬に汗の雫が垂れる。
トラックの外側には、明と陽太の走り姿を、横目で観察している他の部員たちもいる。
「そんでもって二人とも、顔はすごい顰めっ面なんだよな! 怒ったゴリラかと思うほどにさぁ」
「そうそう。本当似てるよなぁ。安定したフォームと不安定な顔のアンバランスさが、たまらないんだよな!」
彼らはいつも、直向きに走る兄妹の類似性をからかうのを、何の気無しに楽しんでいた。
それに気づいた明が、鬼の形相で彼らの元に駆けつける。全力の走り直後の疲れをもろともせず、にである。
「ねぇあんたたち、私を、お兄ちゃんと一緒にしないでくれる? 走り方も、顔も、全然似てないし! っていうか、お兄ちゃんなんて、嫌いだし」
明は、毎日開催される他の陸上部員たちからのイジりのせいで、喧嘩したわけでもない陽太と、兄妹仲が微妙になっていたのだった。
〈第四話『追憶』に続く〉
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