忍法・半陰陽

結晶蜘蛛

忍法・半陰陽


 月が淡く光っている。

 暗く足場の悪い林。

 月明かりしか光源がないため、木々に遮られた林の中は薄暗く、足元すら見えづらい。

 しかし、そこにいる男達は問題にならなかった。

「ここに来るまでに一つ、女の死体があった―。……貴様か?」

「いかにも」

「外道め」


 吐き捨てるように男――月読律(つくよみりつ)が言う。

 綺麗な男であった。

 さらりと流れる黒髪に両性的な顔立ち。

 歌舞伎の女役と紹介したら納得されるだろう。

 淡い白い肌が月明かりにうつっている。

 柿色の小袖に袴を着用し、片手には刀を抜いていた。


「くくく、里の麒麟児がどうした? 心が乱れてるぞ?」


 それを身て、もう一つの影が笑う。

 厭らしい笑みを浮かべているのは霞虎児(かすみ こじ)だ。

 黒い髪を腰まで伸ばし、背中でくくっている。

 爬虫類を思わせる目つきに、舌が鋭くとがっている。

 全体的に蟷螂を連想させる男だった。


「そも女など履いて捨てるほどおるではないか……のう、貴様の蛍もそうじゃろ」

「屑が、あの世で蛍に詫びろ」

「くくく……そうじゃ、蛍の遺言を知りたくないか? お主が駆け付けた時には死んでいただろ。なにせ儂が殺したからの」


 斬りつけようとしたりつがギリッと歯ぎしりして止まる。

 りつの脳内に蛍の死体を見つけた時を思い出す。

 いまのような嫌な風が吹く中、屋敷の真ん中で死んでいた許嫁が思い出された。


「最後の言葉は『律様』だったぞ。ああ、それ以外はなんだったかな、ちょっと忘れてしまったの」

「なぜだ……なぜ、里の皆を殺し、このような無益な殺しを繰り返す……!」

「その顔だ」

「……顔?」

「儂に向って像をむき出しにするその顔が見たかった」

「ふざけているのか?」


 怒りが一周回り、りつは自分でも驚くほど冷たい声が漏れた。

 しかし、それに対して初めて虎児こじが表情を変える。


「いいや、お主だ。お主が儂を狂わせたんだ」


 虎児こじが歯をむき出しにし、憤怒の表情を浮かべた。


「お主と共にいると儂の心の奥底が震える、どこか惹かれている儂がおる……お主の中の魔性が儂を狂わせたんじゃ」

「…………」

「どうして、誰も彼もお主を見る? 嫌じゃ、主を見てよいのは儂だけじゃ」

「それが師匠や里の者を殺した理由か? お前が友だと思っていたのは俺だけなのか?」

「友だと思っておるからこそじゃ。ああ、忌々しい……、どうして儂はこうも心を火掻き棒でかき乱されるようになるに、主だけは涼しい顔をしておるんじゃ、不公平じゃろうが……!」

「そうか、わかった……ならば、ここで死ね。お前を殺してやる」

「はっ――――! できるのか、お主に? 里を抜けた時は互角であっただろう」


 りつ虎児こじに斬りつけようとしたところで、りつがふらりと揺れる。

 立ち眩みのような症状。

 嫌な風が吹いている。

 嘲弄を浮かべながら、虎児こじが腰に差していた刀を抜いた。


 りつの息が荒くなる。

 熱病に浮かされたように体が火照る。

 にじみ出る汗が小袖にしみこみ、背中を冷やす。

 持っている刀が重く感じる。

 めまいのようにくらりくらりと周囲が揺れる。

 酔っぱらったように世界が回転するような感触。


「これは……」

「身体の奥が燃えるようじゃろ? これこそ我が女乱心の術……」


 虎児こじが斬りつけてくる。

 歪んだ視界の中でりつがぎりぎりで刀を受け止められたが、力で押し切られ、肩が斬れた。


「お主も知っておるじゃろ? 芥子をはじめとしたいくつかの薬草を女人の臓器を混ぜた女乱心の術を」

「……師匠の術だ」

「そうじゃ、女乱心の術じゃ……くく」


 りつが刀を振り反撃するが、いつものキレがなく、あっさりと避けられる。


「さきほどから主と会話しながら、少しずつ粉末を風にのせてお主に盛っていたのだ」


 あざけり笑いながら虎児こじりつに斬りつけてくる。

 動きの精細を欠き、力が入らず、虎児こじの攻撃を喰らってしまう。

 

「ほーらおら!」

「くそっ……!」


 たたきつけられた刀を受け止めるりつ。しかし、ぐらりと上半身がよろめき、そこを逃さずに虎児こじに蹴りを受けて、蹴倒される。


「くく……普段の貴様ならこの程度の攻撃は容易く避けられるであろうに、無様なものだな」


 りつが歯が軋むほどの噛み締め、耐えるが、斬りつける度に彼の身体の傷は増えていっている。

 左肩の付近に刃が触れ、ぱっくりと赤身が見え、たらりと血がこぼれ落ちた。

 虎児こじりつと同等の剣の腕前を持つ。

 忍びの里にいたときから二人の腕前に差はなかった。

 そのためりつがいかな男でも抗えない女乱心の術で心身共に乱されては一方的に押されるのは必然の結果である。


(だが、虎児こじ虎児こじよぉ――)


 ――その術は知っている術だ。

 後継者としてりつが選ばれ、師匠から教わった術だ。

 男なら必ずかかる女乱心の術――知っていてりつはかかった。

 理由の一つは解毒剤などがないため。

 もう一つの理由は――


(私の秘密見せてくれよう)


 その秘密があるがゆえに、安らげたのは許嫁の蛍の前だけだ。


 ――蛍はあなた様がどのような秘密を持っいてても、あなたと添い遂げるつもりです。


 いつか秘密がバレるかもしれないと、内心、恐れていたりつにかけてくれた蛍の言葉。

 そして、安らぎになってくれた時にどれほど嬉しかったことか――


「くはははは……!」

「地獄で詫びろ」

「……はっ?」

 

 いままで精細を欠いていたりつの動きが一転し、鋭く早い動きへと変わる。

 虎児こじの振り下ろされた刀にかぶせるように払うと、そのまま鋭い突きが放たれ、虎児こじの喉を突き破った。


「どう……いう……ことだ?」


 倒れながら虎児こじが横薙ぎを払うが、りつの胸元の布、一枚しか切れない。

 それを見た虎児こじは驚愕の表情を浮かべながら、事切れた。


「……これが私の秘密だ」


 切られた胸元、そこにはわずかな乳房の膨らみがあった。

 ここに訪れた時にはそのようなものはなかったはずだ。

 しかし、丸みを帯びた乳房は明らかに女性の証だ。


「――忍法・半陰陽」


 元々、りつは男女双方の性別を持って生まれてきた。

 普段は中途半端な性器がついている程度だ。

 が、秘薬を使いそれぞれの性別の特徴を強く表し、性別を使い分けることがこの『忍法・半陰陽』である。

 その秘薬を用いてりつは自身の身体を女性へと傾け、虎児こじの前へと現れた。

 虎児こじは強敵である。

 だから確実に仕留めるために、わざと女乱心の術にかかり、秘薬の効果が出るまで時間を稼ぎ、殺したのである。

 もう一度、虎児こじにとどめを刺し、確実に殺したことを確認する


「…………蛍、終わったぞ」


 そして、りつは去っていくのだった。

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忍法・半陰陽 結晶蜘蛛 @crystal000

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