第4話 助太刀
「……行ったか」
どうにか無事にやり過ごせたことに胸を撫で下ろす。
しかし、息を吐く間もなくにイヤホン越しに千里の叱責が飛んできた。
『磨央。無理はし過ぎないでって、さっき言ったばかりだよね』
「すまん。けど、千里がいたおかげで穏便に済んだ。サンキュー」
『全然穏便じゃなかったよね。全く……磨央はいつもこうなんだから。一応、今の会話は録音しておいたよ。多分、これだけだと何のお咎めにもならなそうだけど』
「いや、十分だ。ログがあるだけでも後々の抑止力になる。いつも気を回してくれてありがとな、千里」
さてと——、
三人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、俺は少女に向き直す。
「大丈夫だったか?」
「……まあ、うん」
透明感のある声。
しかし、どこか素っ気ない返事に察する。
——あ、これ余計なお世話だったか。
でもまあ、それもそうか。
中島たちに迫られて困ってこそいたけど、別に助けを求めてたわけでもないしな。
俺が勝手に首を突っ込んだだけのことだ。
「その様子なら問題なさそうだな。じゃあ、また絡まれないように気をつけなよ」
であれば、これ以上無理に関わる必要はないだろう。
片手を挙げて背中を向けた時だった。
「——ねえ」
少女に呼び止められる。
「どうして、私を助けたの?」
「どうしてって」
「あなたの事情は知ってる。あいつらから酷い扱いを受けていることも今のやりとりでなんとなく察した。それなのに、どうして私を助けようと思ったの? 後で自分がどんな目に遭うか分からないわけではないでしょ」
「……まあな」
「だったら、どうして……?」
胡乱な眼差し。
深い紅の瞳には困惑と戸惑いが宿っていた。
確かに俺にこの少女を助ける義理はない。
名前も知らないし、助けようとしたことで、後で中島たちから報復される可能性だって十二分に考えられる。
少女の言うことはもっともだ。
なんなら明日にはさっきの仕返しをされるだろう。
何とでも言い逃れできる陰湿なやつをほぼ確実に。
だとしても——、
「手を伸ばせば助けられる人がいたんだ。それ以上の理由はねえよ」
「……それだけ?」
「ああ」
即座に頷けば、少女は小さく嘆息を溢した。
「——損な人。……けど、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ、今度は気をつけて行動しなよ」
改めて別れを告げようとするも、
「待って」
再び少女に呼び止められる。
振り返れば、少女は意を決したように口を開いた。
「損をさせてしまったお詫び。今日のダンジョン探索を手伝ってあげる」
思いもよらぬ提案だった。
けれど、俺にとってはありがたい申し入れだった。
単独でダンジョンに潜るよりも複数人で潜った方が断然生存率が高いし、魔物との戦闘もずっと安定する。
特に俺のような弱者にとっては、一緒に戦ってくれる味方が一人いるだけでも雲泥の差となる。
「自分で言うことではないけど、そこらの探索科よりはずっと力になれる」
それは流石に言い過ぎだろ、と一蹴する気にはなれなかった。
異質な魔力が滲む拳銃を含めて、他とは違うただならぬ雰囲気がある。
今なら中島たちが強引にチームに入れようとした気持ちも分からんでもない。
俺としては断る理由はなかった。
とはいえ、俺の一存だけで決めるわけにはいかない。
「——そういうことらしいけど。千里、どうする?」
千里に訊ねれば、数秒の沈黙が流れる。
それからようやく、
『私は、組んでもいいと思う。磨央と一緒にダンジョンに潜ってくれる人なんて滅多に現れないだろうから。それに……私個人としても、複数人同時のオペレーションも経験しておきたいし』
「了解、すぐに無線を繋げさせるから用意しといてくれ」
『うん、わかった』
意見はまとまった。
少女に視線を戻し、右手を差し出す。
「交渉成立だ。短い間だけどよろしくな。それと、いらないとは思うけど一応自己紹介。探索科一年、D組の幸守磨央だ」
「——鬼塚
言って、聖凪は差し出した右手を握った。
探索科と普通科に支給される戦闘服と標準装備に色以外の違いはない。
つまり、聖奈の装備にもオペレーターとの無線機器も備わっているわけで、一通りのセッティングを手早く済ませれば、
『こちらオペレーター室、聞こえてますかー?』
「うん、聞こえてる」
聖凪と千里の間でも通信が繋がるようになる。
とはいえ、スムーズにできたのは、俺と同じ装備を使っているおかげだった。
『良かった〜。あ、私、支援科一年の三園千里です。今日はよろしくね、鬼塚さん』
「聖凪でいい。名字で呼ばれるのあまり好きじゃないから」
『分かった。それなら、私のことも名前で呼んでいいからね。聖凪ちゃん』
「ちゃん……? まあいいや。よろしく、千里」
ファーストコンタクトは上々といったところか。
とりあえずこれなら連携に支障が出ることはなさそうだ。
「——よし、互いに挨拶も済んだことだし、そろそろダンジョンに潜ろうか」
最後に探索中や戦闘時における簡単な取り決めを確認してから、ようやくダンジョンの中に足を踏み入れた。
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