第5話 連携

 国分寺ダンジョン。

 国内でも数少ない最深部まで攻略が完了されたダンジョンであり、他のダンジョンと比べて幾分安全性が確保されている為、学生や新人探索者の実践訓練の場としてよく利用されている。


『どう、ダンジョンの中は変わりない?』


「ああ、いつも通りだ」


 周りを確認しながら答える。


 上層は風化した石畳が散見する洞窟となっている。

 通路には一定の間隔で篝火が焚かれていて、視界に困ることはあまりない。

 普段と変わらぬ光景だった。


 ちなみに中層になれば完全に石造りの回廊になるという。

 ……つっても、実際にこの目で確かめられることになるのは、ずっと先のことだろうけど。


「魔物の様子はどうだ?」


『んー……ちょっといつもより数が多いかも。反応があるのは結構奥の方だから、今すぐに警戒しなくてもよさそうだけど、一応注意しながら進んでね』


「了解。聖凪もそれでいいか?」


 訊けば、聖凪は「いいよ」こくりと頷いた。


「基本的な指揮系統は幸守に任せる。指示があれば遠慮せずに出して」


「分かった。だけど、初めてだから多少グダっても大目に見てくれよ」


 複数人でダンジョン探索を行う際、その人数に関わらず指揮役を予め決めておく。

 咄嗟の判断を下さないといけない状況になった時、バラバラに動いてしまうのを防ぐ為だ。


 二人だから別に統率が取れなくなっても大して問題にはならないのだが、折角の機会だ、指揮を執ってみるに越したことはない。

 もしかしたら、いつか自分でチームを持つことになるかもしれないしな。


 ……それこそ中層に到達する以上に当分なさそうだけど。

 あとそうだ、今のうちにもう一つ決めておくことがあるか。


「聖凪。戦闘になった時の方針はどうする?」


 戦術と連携。

 例え二人だけであろうと共闘するからには、最低限の取り決めは交わしておく必要がある。


「それも幸守の指示に従う。好きにして」


「おーけー。となると、そうだな……基本の陣形は密集型でいこう。俺は敵が近寄らないように足元に弾ばら撒いて牽制するから、聖凪はその隙に仕留めてくれ」


 恐らく、弾丸の威力は聖凪の方が上だと思われる。

 であれば、俺は援護に徹する方が賢明だろう。


「もし近づかれたら俺が壁役になるから、その間に聖凪は後方に退避。可能なら援護射撃を頼む。俺もどうにか距離を取って射撃重視の戦い方に戻す。後は状況に応じて指示を出すし、聖凪も場合によっては臨機応変に対応してくれ。それでいいか?」


「了解、任せて」


 ホルスターから拳銃を取り出し、頷いてみせた。


 今度こそ準備完了だ。


「それじゃ、気引き締めて行くぞ」


 右手に剣、左手に拳銃をそれぞれ構えて奥へと進む。

 近接武器を持っている俺が先導する形だ。


 索敵は千里が常にレーダーを監視してくれるが、念の為、俺自身も周囲には細心の警戒を払っておく。

 魔物によってはレーダーに映らない場合もある。

 このダンジョン——少なくとも上層には、そのような魔物は存在していないが、レーダー頼りの索敵はいざって時に痛い目を見ることになる。


「——幸守」


「ああ、分かってる」


 歩き始めてから暫くして。

 前方から不穏な気配を感じ取る。


 数は三つ、もしかせずとも——、


『磨央、聖凪ちゃん、気をつけて。この先に魔物がいる』


「やっぱりか。なら、さっきの決めた手筈通りに行くぞ」


 気配を押し殺しながら慎重に距離を詰め、通路の陰から魔物を視界に捉える。

 開けた空間に居座るのは、狼に似た姿をした大型の魔物だった。


 ——ハウンド。

 常に群れを成して行動する習性を持ち、上層に出現する魔物の中では大分厄介な部類に挙げられる。

 少なくとも俺一人では絶対に戦いたくない相手だ。


「……よし、向こうはまだこっちに気づいていないな。聖凪、先制で一匹仕留められるか?」


「問題ない。いつでもいける」


「よし。じゃあ、合図を出したら戦闘開始だ」


 通路の出口両サイドに身を隠し、ハウンド三匹の様子を窺う。

 奴らが俺らに気づいていないこと、警戒していないことを再度確認して、


「ゴー!」


 瞬間、聖凪が拳銃の撃鉄を落とす。

 放たれた魔力が籠められた弾丸は、ハウンドの脳天を易々と撃ち抜いてみせた。

 即死だった。


 頭蓋が粉砕され、その場に斃れた仲間を横目に残りのハウンドがこちらに迫る。

 最短距離での接近、だが——、


「させねえよ」


 足元を狙った牽制射撃でハウンドの進路を妨害する。

 出来ることならそのまま脚に弾丸を当てて機動力を削ぎたいところだったが、上手くいかずに避けられてしまう。

 けれど、俺に意識を割かせ、隙を作ることには成功する。


 俺の攻撃を避けようと大きく跳んだ直後、無防備になったハウンドの胸部を聖凪の狙い澄ました一撃が穿った。

 そのまま断末魔と共に地面に転がり、ぴくりとも動かなくなった。


 これで残りは一体。


 最後の一匹となったハウンドが俺らのすぐ目の前まで肉薄する。

 狙いは仲間二匹を屠った聖凪だった。


 ハウンドは、聖凪の喉元を食いちぎろうと飛びかかるも、


「そうくるよな!」


 刀身に魔力を籠めて間に割って入り、ハウンドの攻撃を受け止める。


 ここまでは読み通りだ。

 しかし、思っていた以上に俺とハウンドの膂力には差が開いていたようで、簡単に押し倒されてしまう。


「ぐっ……!」


『磨央!』


 くそ、やっぱこうなるか!


 成体の虎をも上回る体躯だ。

 幾ら身体強化を施したとしても、俺程度の練度では力比べにならないってことか。


 ——だとしても、俺らの勝ちだ。


「問題ねえ、撃て!!」


 刹那、ハウンドの脳天が放たれた弾丸によって四散した。

 鮮血がばら撒かれる。

 弾丸が飛んできた方に視線を遣れば、聖凪の銃口から紫煙が立ち昇っていた。


 俺に意識を多く割いた時点でお前の負けだ。


 ——討伐完了。

 最低限の働きしかできなかったけど、初陣は勝利に終わった。

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