第3話 迷宮へ続く門の前で

 学校からダンジョンまでの距離はそう遠くない。

 普通に歩いても十数分、身体強化込みの走りであれば三分もあれば到着できる。


 といっても、ダンジョンや指定された区域以外での魔力並びにスキルの使用は禁止されているから、ダンジョンまでは徒歩で移動するのが基本だ。


 そのダンジョンの前には多くの探索者が集まっていた。

 到着して早々、俺は千里に通信を飛ばす。


「千里、着いたぞ」


 一言伝えれば、すぐに装着したイヤホンから千里の声が返ってくる。


『うん、こっちでも確認できてるよ。装備は問題ない?』


「ああ、大丈夫だ」


 改めて身につけている物を一つ一つ確認しながら答える。


 黒を基調としたジャケットとカーゴパンツ、それからブーツやら通信機器諸々。

 いずれもダンジョン内で採取された素材で作られていて、厳しい環境や激しい戦闘にも対応できる高い耐久性を誇り、腰に携えた剣と拳銃も含めて学校から支給されている。


 これらは探索科の生徒であれば、申請一つで誰でも入手することが可能だ。

 簡単にダンジョン探索に必要な装備一式を揃えられるのは、探索科に所属する大きな利点といえるだろう。


 一応、普通科の生徒も支給品を貰えるらしいが、探索科よりも手続きがずっと面倒だったり成績優秀者でなければならなかったりと、かなり厳しめな条件が設けられている。

 そもそも支給品を貰える実力があれば、探索科への編入はほぼ秒読みみたいな状態なので、実際にお目に掛かることはあまりないらしい。


 だからこそ普通科の生徒の多くは、優秀な成績やダンジョンでの実績を叩き出して迷宮探索科への編入を虎視眈々と狙っている。

 物資面以外にも探索科に入れば、支援科の人間とチームを組むこともできるし。


 そういう連中からすると、俺みたいな落ちこぼれとかまさに目の敵だよな。

 自分よりずっと実力がないくせに、のうのうと分不相応の恩恵を享受できている権利を得ているのだから。


 ——不快な視線。


 周りを見回せば、何人かの人間が俺を邪険そうに見つめていた。

 制服じゃないから断言はできないが、こんな風に敵意を剥き出しにするのは大抵同じ学校の人間だ。

 特に普通科の人間が多い。


 我ながら有名人だな。

 残念ながら悪い意味でだけど。


『……磨央。どうかした?』


 千里が怪訝そうに訊ねてくる。


「なんでもない。そろそろダンジョンに入るからナビゲート頼む」


『了解、くれぐれも無理はし過ぎないでね』


「分かってる」


 前方にある空間の歪みを見据える。

 水面のように表面がゆらめく黒い円形の穴。


 ——〈ゲート〉。

 こちらの世界とダンジョンは、全てこの穴によって繋がっている。

 向こう側に行けば、常に死と隣り合わせとなる。


(……俺の場合は、だけど)


 一つ深呼吸。

 気を引き締めてから歩き出そうとして——、


「……悪い、その前にちょっと野暮用」


 進路変更。

 さっきからちらちらと視界の端に映っていた四人組へと向かう。


 いや、三人組と一人と言った方がいいか。


「なあ、アンタら何してんの?」


 声を掛ければ、俺と同じ戦闘服に身を包んだ三人組が苛立ちと嫌悪感を露わにしながらこちらを振り返る。


「……んだよ、落ちこぼれ。どの面下げて俺に話しかけてきたんだ」


 最初に口を開いたのは中島だった。

 白石と発田も同様の表情で俺を睨みつけていた。


 しかし、白石はすぐに軽薄な笑みを浮かべ、


「わざわざ声をかけてくれたところ悪いんだけどさ、俺ら今と〜っても忙しいんだよね。話があるんなら後にしてくんない?」


「そうもいかねえよ。その人、明らかに嫌がってそうだったし」


 言って、三人に囲まれた少女に視線を遣る。


 高く括り上げた白い髪。

 しなやかそうな華奢な身体。

 吸い込まれるような深い紅の瞳。


 見ない顔だが、同じ高校の人間だというのは分かる。

 着ている戦闘服が俺らと同じデザインだからだ。


 ただし、彼女のは白を基調としてある。

 それは、普通科の証だった。 


(マジで普通科でも支給品を貰えるんだ……)


 内心驚くも、だからこそ違和感を覚える。

 携えた拳銃からは、俺ですら分かるくらいの異質な魔力が滲み出ている。


 自前で用意した武器であることは間違いなさそうだけど、これほどの代物をどうして普通科……一介の学生が手にしている?

 ……いや、今気にするべきなのはそこじゃない。


「何をさせようとしてたかは知らないけど、無理強いするなよ」


「あ゛? なんでテメエ如きの指図を受けなきゃならねえんだよ。雑魚のくせにイキってんじゃねえよ。ぶっ殺してモンスターの餌にすんぞ」


「証拠残るぞ。こっちにはオペレーターが付いてる」


 イヤホンを指先でトントンと軽く叩けば、三人の顔が分かりやすく歪む。

 本気で殺すつもりはなくとも、痛めつける気は満々だったか。


 ——これは千里に助けられたな。


「チッ……きっしょ。あーあ、なんか気分萎えたわ。行こうぜ」


 中島が乱暴に俺を押し退ければ、


「そうだな。じゃあね、落ちこぼれ。……それと明日、覚えてろよ」


 続け様に発田がそう吐き捨てて、三人はダンジョンの中へと入っていった。

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