第4話

 甲種魔法少女第101918“テン・バー”こと高橋礼威は今年20歳の大学三年生である。保育士を目指して教育学部に通う彼女が魔法少女になったのが大学二年の頃だ。3ヶ月の自衛隊で訓練を受けた。得物は巨大な大剣である。刀身が2メートルあり、柄が60cmもある巨大な剣である。

 最初はその剣に振り回されたが、3ヶ月みっちりと肉体強化と戦闘技術を叩き込まれ、漸く何とか使えるように成った。

 そして、6ヶ月の実地訓練。先輩魔法少女の下で実際の戦闘を経験していくのだ。


 目の前にいるのはその先輩魔法少女だ。クアトロ・セブン。YouTubeで調べると彼女の戦闘シーンが上がっている。礼威も魔法少女に成った時に調べた1人である。

 機関銃を片手に敵を屠っていく。メイド服を軍服に足して割ったような服装にナチスのヘルメットをかぶって機関銃を撃つのだ。

 そんなクアトロ・セブンが今、目の前に居り、その目の前に居る少年だとは思わなかった。年齢は16歳ほどの高校生だろうか?


「深見昇だ。

 乙種魔法少女第7777“クアトロ・セブン”。クアトロはスペイン語で4を表す。7が4つつながっているから、クアトロ・セブンだ」


 昇は怒っているかのようなぶっきらぼうな喋り方で、出されたコーヒーに大量の砂糖とミルクを入れてかき混ぜている。最初に礼威と礼威の担当官である織田を見ただけで、後は完全に眼中にないと言う感じだ。


「まぁ、クアトロ・セブン。いや深見も教育係は初めてだろうから、困ったら俺達に聞いてくれ。

 取り敢えず、武器に付いて説明してやってくれ」


 音頭は完全に柳葉がとっている。礼威はハイと頷き、変身をする。西洋甲冑の様とドレスを掛けあわせたような格好が、礼威の、テン・バーの衣装だ。そして、席を立って、通路に立つ。そのまま腕を横に向けて大剣を召喚。

 付きだした右手にズッシリと思い感触がする。重量は50kgを超える重さである。常人では持ち上げることすら出来ないが、魔法少女である礼威には片手で持ち上げられる。


「デカいな」


 そう漏らしたのは柳葉だ。


「甲種は力と防御力に秀でている。

 ゲームで言えば、前衛タイプだ。乙種は中近で攻撃も防御も可能な遊撃タイプだな。丙種は完全に後衛だ。魔術と言うか魔法というかを行使するに辺り、どの魔法少女よりも攻撃力が高い。反面、防御も低く、発動に時間が掛かる。

 だから、丙種魔法少女が基本的にコンビを組んでるな」


 柳葉の解説はどちらかと言えば礼威に向けての言葉だ。昇は礼威ではなく例の武器を見て難しそうに眉を顰めている。


「どうだ、彼女は?」


 そして、柳葉は昇を見る。

 昇はカフェオレと何の差異も見られないコーヒーを一口飲んでから、鼻から息を吐いた。何故か礼威は大学受験の時の緊張を思い出した。


「どうもなにも、ボクは仕事で彼女の教育係をするんです。

 ボクが「彼女はどうも気に食わないから、ボクは辞めます」と言えば止めれますか?」


 昇の言葉に礼威は思わず息を呑む。柳葉は苦笑して野暮なことを聞いたなと告げる。

 礼威にもう良いぞと告げると、礼威は変身を解く。金色の長い髪の毛、青い瞳は黒い髪色、茶色の瞳に戻り、服も甲冑ドレスから今日、着て来たワンピースに戻る。そして、席に戻った。


「ボクは、知っての通り機関銃だ。銃だ。弾をばら撒いて敵を殺す。

 君はそのデカい剣をブンブン振り回して、敵を殺すんだろう?」

「は、はい」


 昇の言葉に礼威は緊張した様子で頷いた。

 企業の圧迫面接とはこう言う感じなのだろうか?と失礼な事を考えながら昇の質問に答える。


「ボクはMMORPGはやったこと無い。

 だから、剣と銃が共同して戦闘をすることは一切分からない。敵が逃げないようにボクが誘導し、君がとどめを刺すという戦法をパッと思いついた。それには君が敵を先ず、どの程度殺せるのか、というのを知らなくちゃいけない」


 そうだろう?と言う表情で昇が柳葉を見る。柳葉はお前の指導に俺達は関与しないと告げると、昇は無責任ですねと告げる。

 それから、その無表情な目を礼威に向ける。全身を舐めるように観察し、それから、隣の織田を見る。織田は昇の視線に対抗するかのように少し睨んでみるが、昇はそれに関知しないと言う感じで再度礼威に視線を戻した。


「高橋さん。

 君は、どうして魔法少女に?」


 昇の質問に織田がプライバシーだと告げる。個人情報は同業である魔法少女に伝える必要ないのだ。


「ボクは目の前で親を殺され、妹が殺されかけた時に魔法少女に成った。

 3年前、三重県伊勢市、伊勢市駅で起こったキメラによる殺人事件を知っていますか?」


 礼威は記憶を辿る。確かに、そんな事件もあったと思いだした。丁度、この位の時期である。


「その被害者がボクの両親と妹です。

 妹は現在、そのショックで精神が崩壊してまともに生活を送れていません」


 昇の淡々とした言葉に礼威は勿論、織田も息を呑む。事情を知っている柳葉とタケさんは無言でタバコを吸っていた。


「ボクの両親を殺し、妹の心を壊したキメラはボクの手で殺しました。

 このBARで頭を殴り付けて殺しました。それが、ボクの最初のキメラ殺しです」


 昇はそう告げると、コーヒーを煽った。

 礼威は少年がここ迄感情を失ったのはきっとその事があったからだろうと容易に想像がついた。大学の授業でも心理学を学び、心理カウンセリングの基礎の初歩を齧った彼女では彼の心の闇は取り除くことは出来ない。

 だから、何も言わない。


「私は、朝起きたら、魔法少女になっていました。床に大剣が突き刺さり、私の格好もパジャマからあの甲冑みたいなドレスに。

 ネットでこの場合、どうすればいいのか分からなくなって、急いで調べて、それから防衛省の人が来て、そこから3ヶ月は自衛隊で訓練を。学校には交通事故で入院と現在は休学中です。

 なので、私はキメラを殺したことはありません」


 せめてもの誠意として、礼威は自分の口から答えた。昇はそうかと頷く。


「始めに言っておきます。

 魔法少女は常人と違って身体能力も高ければ生命力も高いです。腕を切り落とされたぐらいじゃ早々に死なないです。しかし、死ぬ時は死にます。何故、甲種魔法少女だけが10万桁まで行っているか知っています?」


 魔法少女は全体の総数では殆ど変わっていない。魔法少女が1人減ると1人増えるという感じで増えて行くからだ。

 この減る、と言うのは現役の魔法少女が、と言うことである。魔法少女の外見は変わらない。その弊害かしらないが、魔法少女に成った人間も年を取るのが遅くなっていく。ザ・オールド・ワンと呼ばれる各種魔法少女の1号魔法少女の内、生き残っているのは乙種だけである。乙種魔法少女第0001“ザ・オールド・ワン”は実年齢は70歳近いが、外見は40代である。

 現在は現役を引退して魔法少女を育てる自衛隊で教官兼魔法少女協会会長として働いており、乙種魔法少女だけでなく甲種、丙種と別け隔てなく育っている。


「甲種が一番死傷率が高いから、でしたよね?」


 礼威の言葉に昇は頷いた。


「あんまり気持ちの良い話ではありません。

 ですが、聞いて下さい。これがボクが君に教える最初の事です」


 昇の言葉に礼威は思わず背筋を正す。昇は多くの死を目にして来た歴戦の勇士であろう。その言葉は重い。たった3年と言えばそれまでだが、3年で600体のキメラを殺した彼の言葉に果たして“たった”と言えるだろうか?いや、言えない。

 礼威は今までにない緊張を持って昇の言葉に耳を傾ける。


「ボクは君を殺すつもりはありませんが、君は死んでしまうかもしれません。

 ボクと君が命の危機に際したら、ボクは迷わず、ボクの命を守ります。その過程で君が死んでも、ボクは何の責任も取りません。運良く生きていて今後生きて行くのに一生困るような大怪我を負っても同様です。

 何故なら、君が此処に居るということは、君は契約を交わして此処に来ているからです」


 魔法少女に成った際に2つの道を選ばされる。1つは、キメラに関わることなく、普通の人間として生活していく道だ。勿論、魔法少女は変身をすれば凄まじい力を発揮できるので24時間監視が着くし、定期的な検査を受けなければいけない。

 だいたい6割の人間は此方を選ぶそうだ。何故なら、死ぬ可能性が低いからだ。

 そして、もう一つの道は魔法少女としてキメラから日本を守る道だ。つまり、今の昇や礼威の居る道である。礼威は自分の力で困っている人を助けられるのなら、と言う理由からこの道を選んだ。昇は妹の治療費を稼ぐ事とキメラと言う存在にどうしようもない怒りをぶつける為にこの道を選んだ。

 理由は色々とある。大抵は、金か正義心だ。


「君がキメラに殺されたくなければ、キメラを怖がって下さい。怖がって怖がって、必死になって逃げるつもりで戦って下さい。

 自分に手が負えないと判断したら真っ先に逃げて下さい。其処で一般人が死のうが、犠牲者が出ようが関係ありません」


 昇の言葉に織田がふざけると机を叩き、昇の胸倉を掴もうとしたが、一瞬早く、昇が魔法少女に変身して、織田の顔面に鋭いストレートを叩き込む。手の甲と間接に強化プラスチックのガードが付いているコンバットグローブだ。

 打撃力は半端がない。織田はそのまま後ろに吹っ飛んでしまう。礼威が悲鳴を上げ、柳葉が誰に対して謝ったのか、あまり誠意の感じ無いスマンと言う声がフロアに響く。


「一般人がキメラを殺すのは先ず無理です。

 ライフルを持った自衛官ですら手こずる相手ですからね。そんなキメラを倒せるのが魔法少女です。しかし、キメラも元々の人間の身体能力に依存して強くなるようです。軍人、格闘家、スポーツ選手がキメラになると、先ず強敵です。

 ボクは一度元格闘家のヤクザがキメラになったのと対決しました。一目見ただけで、自分では敵わないと判断し、応援を呼びました」


 応援に駆け付けたのは昇より若い経験の甲種魔法少女と昇よりも長く魔法少女をやっている丙種だった。丙種はひと目で自分達に勝ち目がないと悟り、せめて5年ほど経験を積んだ甲種が欲しいと要請した所を、新人の甲種が自分一人でも行けると過信し突っ込んでいった。

 結果は魔法少女が1人死亡。上半身と下半身が泣き別れし、首が引きぬかれた。


「自分が今、出来る事と出来ない事を把握して下さい。

 特に、甲種は敵に近いです。甲種の殆どがコンビを組んでいる理由は敵に近いから死亡するリスクが高いからです。

 仮面ライダーや戦隊ヒーローのように少人数で大量の敵と対峙して圧倒出来るのはフィクションの世界だからで、実際にあんな状況なら、ボクは先ず逃げます。逃げて応援を呼びます」

「……その行いで一般人が死んでしまった場合は、どうすれば良いんですか?」


 礼威の言葉に昇はただ一言告げる。


「悔やんで下さい。

 そこで死んだ人達は、君が殺した人達ですから」


 昇は突然席を立つ。トイレに行ってきますと告げると奥のトイレに。織田はタケさんから濡れタオルを貰い、殴られた場所を抑えている。礼威はジッと目の前に置かれた紅茶を見詰め、昇の言葉を頭のなかで繰り返し繰り返し問答する。

 一見矛盾しているように聞こえるその言葉。彼は、何故そんな事を言ったのか?

 後悔するような事をあえてやって迄何故、生き延びるのか?礼威は正直、そんな事をするなら死ぬかもしれない彼等の盾になって死ぬだろう。


「いきなりスパルタだな、昇の奴」


 お代わりのコーヒーを持ってきたタケさんは笑って告げる。柳葉も全くだとお代わりを貰うとタバコを口に咥えた。


「織田。お前、魔法少女が戦ってる現場出たこと無いよな?」

「ええ。この前、初めて先輩について行ったのが初めてですよ」

「お前、アイツの事嫌いだろ」

「はい。年下の癖に礼儀がなってません。

 高橋の方が歳上なのに君って……」


 織田の言葉に柳葉とタケさんは笑った。曰く、馬鹿だ此奴は、と。

 その言葉に織田は抗議するも、受け入れられない。


「良いか、織田。

 この世界は歳の数より飯の数。飯の数より、星の数って言ってな。一般社会で年齢を盾にした押しってのが出来ねーんだよ。

 俺はこの世界にもう15年はいる。俺が最初に担当した魔法少女が教えてくれたよ。「柳葉さん。此処は軍隊と同じです。私は貴女より年下ですが、貴女より階級は上です。

 魔法少女って軍隊で言えば士官相当の階級らしいですね。貴方達は私達が戦闘中に総理大臣に匹敵する権限を与えられてますが、私達より階級は下です。不思議なものですね」ってな」


 柳葉の言葉に織田はだからなんだ?という顔をする。

 これだから、大学を出たてのエリート様はとタケさんは頭を振った。


「お前は俺達よりも下だ。階級でも年齢でも。

 そうだろう?」


 タケさんの言葉にええ、と頷いた。担当官には一等、二等があり、一等担当官は魔法少女のお付として活動する。二等担当官は一等担当官の下であらゆる活動をしサポートする。つまり、一等担当官の部下に成るわけだ。

 二等担当官は一等担当官に何人か付いており、それぞれが情報や連絡と言った事を熟す。織田は付い3ヶ月前、つまり、礼威が魔法少女に成って時に担当官になったペーペーだ。


「そこの礼威ちゃんだっけ?

 彼女は年齢ではお前より下だが、階級では上だ。アメリカじゃヨーロッパでは魔法少女には士官クラスの階級が与えられるんだ。日本でも、引退した魔法少女には防衛省の佐官級の待遇が待っている。魔法少女を5年やるだけで大尉に成れるし、7年もやれば少佐だ。

 お前、少佐ってどんだけ偉いか知ってるか?赤い彗星と同じだぞ?」


 タケさんが告げると、柳葉が何じゃそりゃと笑った。昇はまだ帰ってこない。

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