第3話

 深見昇が魔法少女に成ったのは彼が中学二年の春だった。

 両親と、妹。家族四人で日帰りの観光で伊勢市に言った時だった。JR東海道線に乗り、伊勢市駅で降りる。伊勢市駅の駅前には大きな木で出来た鳥居があり、数年前にリニューアルされた為に駅前は非常に綺麗だ。

 そして、其処から伊勢神宮内宮行きのバスに乗る。これで伊勢神宮に向うことが出来るのだ。


 そんなルートを通って行くという計画だったが、破綻した。破綻しようにも破綻しようがない計画を破綻させたのは彼等がそもそも旅行ができなかったからだ。伊勢市駅前、其処に現れたるは一人の敵だ。敵、外的身体変形及び反社会性人格障害に罹患した女に襲われた。

 まず最初にやられたのは彼の父親だ。母親と彼、彼の妹を庇うように前に飛び出した所を、一撃で首を撥ねられた。宙を舞う、父親の首。父親の表情は恐怖で引き攣ってはいたが、昇と目が合った時に、父親は僅かに頬を緩ませた。父親が殺され、倒れた。父親が倒れた事を見た母親は絶叫とともに昇と妹を抱き寄せ、敵に背を向ける。

 其の瞬間、大きな鎌の様な右手で背中から心臓を貫かれ、そのまま妹の胸に突き刺さった。母親は即死であった。妹は瀕死の重傷だった。


「うわぁぁぁ!」

「キメラよ!」

「け、警察に!自衛隊に連絡しろ!!」


 母親から鎌が抜かれると同時に周囲から悲鳴が上がり、全員が逃げる。キメラを見たら先ず逃げろ。これは自衛隊でも警察でも言っている。何時、何処で、誰が成るのか分からない。それが外的身体変形及び反社会性人格障害なのだ。

 薄情なものだ、と一人冷静に昇は思った。左には妹が死にそうな様子で居る。周りがパニックになるとかえって冷静になる。

 自分を守ってくれた父親は死んだ。仕事で学校行事には殆ど来れず、偶に行く運動会や授業参観で会えると、非常に嬉しかった。土日でも余りに家に居なかった父が最後の最後で父親らしい行動に出て死んだ。これで、昇は胸を張って立派な父親だと名前を言える。

 自分を守ってくれた母親は死んだ。何時も口うるさく勉強しろ、速く寝ろと五月蝿い、何処にでも居る母親だ。周りの生徒の母親より少し若く見えるのが、料理の味も家事仕事も平均的な専業主婦だった。好きなアイドルはコロコロ変わり、この前まで韓国ドラマに嵌っていたが、反韓反中の雰囲気が高まると、ゆるキャラと大型アイドルグループに嵌った。

 そんな母親は自分と妹を守り死んだ。


 両親は死んだ。妹は瀕死だ。


 昇はゆっくりと、とどめを刺そうと近付いてくるキメラと対峙した。武器になりそうなものは何も無い。昇は剣道やっているが、其の程度だ。武器がなければ自分の身を守れないだろう。

 そう思ってハッと我に返る。妹よりも自分の身の方が大事だったからだ。改めて妹を見る。真っ白なワンピースを着ていたのだが、今では腹部から胸にかけて真っ赤に成っている。真っ赤に成っている理由は、彼女の血と母親の血だ。

 妹は過呼吸の様に息をしており、薄れゆく意識の中、彼女は昇に手を伸ばした。


「あに……き……」


 掠れるような声でそう告げた。その瞬間、昇は何としてでも妹を守らねばならないと考えた。武器が欲しい。その前に、勇気が欲しい。妹を守ると考えても、それに移すためには勇気がいる。足が震える。動かない。

 勇気が欲しい!武器も欲しい!


 そう強く思った瞬間、昇の体が熱くなった。瞬いた。気が付くと、右手にはズッシリと重い機関銃。それがなんて名前なのか、昇ははっきりと分かった。


 M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃


 装弾数は20発。口径は7.62mm。使用する弾丸は.30-06スプリングフィールド弾。別名は勇者の機関銃だ。

 昇は思った。現金なものだ、と。


「死んで下さいまし」


 思わず口から漏れた言葉は高かった。甲高い声、と言うわけではない。何時もよりも高い声だったが、落ち着いている。男にしては高いが、女にしては低い。だが、今ではそれについて深く考えている必要はない。

 突如現れた、いや変身した魔法少女にキメラは警戒をする。が、遅い。昇が銃口を向けた時、既に勝敗は決定している。トリガーを引くと同時に音速を超えた速さで弾丸がキメラを襲う。被甲弾、フルメタルジャケット弾だ。M2徹甲弾と呼ばれる種類だ。

 徹甲弾の情け容赦のない嵐。甘い狙いとその反動の大きさはキメラの手足をふっ飛ばす。軍靴を鳴らし、辿々しい手つきで機関銃の弾倉を変える。残った腕を振るって魔法少女を殺そうとするが、M1918の銃口先で軽く凪がれた。魔法少女はキメラの残った肩を踏んづける。


「死んで下さいまし」


 再度同じ言葉を告げる。最早M1918の間合いではない。キメラの腕を引き千切らんばかりに締め上げつつ引っ張る。肩の関節が逆に折れ曲がり、メギメギと生木を折るかのような音がする。そして、ブチブチと音がして肩が引き千切られた。キメラが悲鳴を上げた。

 しかし、その悲鳴も直ぐに止まった。魔法少女がキメラの顔面を踏みつけたからだ。


「死んで下さいまし」


 魔法少女は三度同じ言葉を繰り返し、キメラに馬乗りになった。両手でM1918を保持し高く振り上げる。重量8kgを超えた鉄と木の銃床で何度も何度もキメラの顔を叩き付ける。「死んで下さいまし」と言う言葉と共に。



◇◆◇



「ま、今日お前を呼んだのは昨晩の事だよ。

 済まなかったな。両親の命日だったよな?」


 昇の前でコーヒーを飲む柳葉が告げる。


「はい。

 ですが、両親はキメラに殺されましたから。死んだ両親もキメラが暴れてるのを無視して墓前に来られるより、一匹でも多くキメラを多く始末し、キメラによって殺されかける人を救う方が良いと思ってるでしょう」


 昇の感情の見えない言葉に柳葉は苦笑する。

 柳葉はこの少年が余り好きではなかった。初めてあった時、昇は微笑を湛えながらキメラの頭部をハンバーグを作るかのように殴り付けていた。脇には瀕死の少女が倒れていた。取り敢えず、少女を保護し、魔法少女に声を掛ける。

 周囲にはすでに警官が規制線を張っているし、自衛隊の部隊が到着しつつあった。魔法少女も2人3人と集まっていたが、その場に居た誰もが魔法少女に声を掛けることが出来なかったのだ。


「あれから、3年か。

 3年目に成って変わったことは?」


 柳葉は無表情でコーヒーにたっぷりの砂糖とミルクを入れてカフェオレと化しているコーヒーをかき混ぜている昇を見た。昇は甘党だ。好き嫌いも多い。アニメや漫画、ゲームも好きで、最近よくいる内気な少年って奴だ。

 剣道をやっているが、剣道大好きと言うわけでもなく、多分、大学に行く際の内申書を良くするためだろう。現に、クラス委員と呼ばれる学級委員めいた存在の副リーダーをやっている。職務はほぼ無いに等しい。完全に内申書に色を添えるだけの存在だ。


「身体能力が上がったので、剣道の試合で相手の動きが手に取るように分かるのと、キメラを一匹で100万から200万。出動だけでも1回20万の特別手当が出るので金持ちになりました」


 何の面白みもない回答。去年も同じことを聞いた。柳葉は心内にため息を吐いた。

 自分は嫌われているのだろうか?


「妹さんは、どうだ?」

「変わりません。

 何も覚えていません。夜になると、悲鳴を上げて暴れます。この前、そのせいで祖母が怪我をしました」


 妹は無事だった。無事だったが、それは彼女の体だった。怪我は1ヶ月で完治したし、傷跡も殆ど見えない。最新の治療に感謝である。

 しかし、心は壊れてしまった。自分のせいで父親と母親が死んだ。その事が僅か11歳の少女を壊すのに十分過ぎるほどの威力を持っている。事件前まではあれほど喧嘩をしていた二人だが、今では妹は兄の昇にべったりだ。

 事件直後は常に昇が居ないと狂乱状態になり、自他を傷付けていた。最近になって漸く、落ち着いてきており、昇が学校に行っても暴れなく成ったのである。ただし、昇が家にいる時は常に昇の隣に居るし、休みの日は昇の後を付いて様々な場所に行く。

 昇も少しでも妹に治療になれば、色々と連れ出している。


「そうか……

 それはそうと、お前。今度の土日、暇か?」

「暇ではありません。

 妹と買い物に出る積もりです」

「あーそれじゃ、済まんが、それはキャンセルしてくれ」


 柳葉の言葉に、初めて昇が感情を表した。柳葉が知る数少ない昇の感情の1つ。怒り、だ。

 眉間にシワを寄せ、柳葉を睨み付ける。


「そう睨まんでくれ。

 仕事だよ。仕事。お前も初心者から中級者に成った。そろそろコンビを探そうと思ってな」

「コンビ、ですか」

「ああ、まぁ、ぶっちゃけて言えばお前も指導側に立つんだよ。

 期間は6ヶ月。お前も、やっただろ?」


 コンビ、というと語弊がある。正確に言えば見習い魔法少女と共にキメラとの戦闘を教えこむのである。昇も彼に戦闘の全てを教えた魔法少女が居る。最も、あの魔法少女はトリガーを引いて弾丸をぶっ放しまくり、弾丸の嵐で敵を殺すと言うトリガーハッピが此処に極まると言う感じだった。

 学べることはない、というのは嘘になる。反面教師として、色々と勉強になった。

 因みに、この6ヶ月の前に3ヶ月の自衛隊からの座学と術科の訓練を受ける。特に乙種魔法少女だと自衛隊で射撃はもちろん、戦闘訓練、格闘術等を叩き込まれる。


「ええ。

 乙種魔法少女なんですか?」

「いや、甲種魔法少女だ」


 甲種魔法少女は剣や槍と言った格闘や近接武器を扱う魔法少女である。


「……クアトロ・セブンは乙種魔法少女だ。

 アンタも知ってるだろう、柳葉さん?」

「俺だってそういったさ。

 でも、丁度良い魔法少女がお前しか居ないんだよ」


 それに金も出ると言う。柳葉は我ながら汚い大人だと反吐を吐く。金を積めば動かぬ人間は殆ど居ない、と言うのが彼の持論だ。


「1回出動すれば100万。それでキメラを殺せば150万。

 見習いが倒せばプラス200万だ」


 柳葉の言葉に昇はそれに何も答えない。


「今度の土曜、午前9時に此処に来てくれ」

「……分かりました」


 BARウィリアム。昇はバイトをしていない。此処は魔法少女の為に用意された隠れ家的な様な場所である。防衛省の管轄で国家公安や警察も場所を知っている。タケさんも元自衛隊所属で、現在はこうして担当官や魔法少女の支援をしている。

 魔法少女は身内以外に身分を晒してはいけない。個人情報の保護というのと同時に、身内が外的身体変形及び反社会性人格障害になり、魔法少女に殺されたと言う恨みを持つ遺族からの報復を防ぐためだ。

 現に、身内が外的身体変形及び反社会性人格障害になり殺された遺族集団が魔法少女を訴える裁判を繰り広げている。一応、魔法少女が裁判の法廷で証言をしたりしてるので何かと注目を浴びたが、そこで魔法少女が「なら、キメラが5人以上殺しまくってから大量殺人犯としてぶち殺した方が良いのかい?」と遺族集団に尋ね、一審、二審、最高裁全て無罪だった。

 もちろん、遺族集団は引き続き諦めず色んな遺族を引き込んであらゆる魔法少女を訴えている。

 クアトロ・セブンも訴えられたが、無罪、或いは勝訴している。金をせびりに来るヤクザと同じだなと思い、それを担当官である柳葉に漏らすと、爆笑されたのは良い思い出だ。



◇◆◇



 週末の土曜日、昇はBARウィリアムに居た。担当官の柳葉ともう一人、スーツを着た男に女子大生程の女性がテーブル席に座っている。まだ8時55分であり、約束の9時には早い。遅れたわけではないが、昇自身、柳葉の隣に座る男の向ける『やっときたか』と言うまるで昇を非難するような目付きが気に入らなかった。

 柳葉が昇に休みの日にすまんなと告げた。

 そして、柳葉が昇を乙種魔法少女第7777だ、女子大生程の女に紹介する。


「お、男の方なんですか?」


 女子大生は驚いた顔で昇を見たので、昇は無言で変身をしてみせた。女子大生はそれを見て初めまして、と頭を下げる。昇はそれによろしくと無表情無感情で告げると席に座った。ウィリアムの店長であるタケさんが無言でコーヒーとミルク、砂糖を置いた。


「此方が甲種魔法少女第101918、通称テン・バーだ」


 柳葉がニヤリと笑い、お前とお揃いだろう?と告げた。この言葉にテン・バーとその担当官は首を傾げる。昇は変身中だったので愛銃のM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を取り出し、テーブルに置く。


「此奴は、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃。

 第一次世界大戦からベトナム戦争初期まで使用されたアメリカ軍を代表する機関銃の一丁。ブローニング・オートマチック・ライフルというところからB.A.Rと呼ばれ、時々、バーと呼ばれます。正しくはビー・エー・アールですが、字面はバー。

 陸軍の与えた名称はモデル1918。貴女の番号は101918でしょう?ですので、10と1918で分けて、テン・バーなのです。担当官はそんな事も説明しないのですか?」


 何時もよりも饒舌な昇に柳葉は少々驚いた。

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