第2話

 クアトロ・セブンの扱うM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃の別名は勇者の機関銃と言う。

 理由をあげるとすれば、この銃は歩兵部隊を前進させる際に、射手が撃ちながら進む、ウォーキングファイアと呼ばれる行動をするからだ。

 本体重量が8kg近くあるこの銃を立って、歩きながら撃つには相応の体格が必要になる。また、此奴を使うに辺り、一番最初に狙われるために、非常に危険なのだ。

 想像して欲しい。コチラに進んでくる敵の殆どが単発式の銃を持って歩いている中、ある一人がこんな重い物を持ち、ライフル弾を連射して向かってくるのだ。一番の脅威は誰だろうか?

 そう、此奴を持っている兵士だ。此奴が銃を撃っている間は、その弾丸に当たらぬよう、コチラは頭を下げていなくてはいけない。その隙に敵は近付いて来るのだ。

 真っ先に排除するのは他でもないこのM1918を持っている兵士だろう。


「なぁ、昨日もクアトロ・セブンがキメラを殺したんだってよ」


 朝、午前8時。通学路には通勤通学に向う老若男女が歩いている。学生はブレザーや学ランに身を包み、サラリーマンはスーツに身を包む。小学生は元気にランドセルを左右に振って歩いているし、玄関先を掃く老人たちはお互いに挨拶をし、顔を見知った学生達に挨拶をする。


「新人の魔法少女じゃ此処等で右に出るもんは居ないな。流石だぜ」


 男子学生の殆どが魔法少女の話をする。魔法少女は言ってしまえば、アイドルと同じだ。歌って踊る代わりに、跳んで戦う。現実離れした体力。浮世離れした美しさを兼ね備える少女達に誰もが夢を見る。そんな魔法少女の中でも特に最近目立っているのが、クアトロ・セブンである。

 魔法少女は一応防衛省管轄に置かれており、防衛省のホームページから、政府に認められている魔法少女の一覧。乙種魔法少女の第7777番目に載せられているのが、このクワトロ・セブンである。もちろん、本名ではない。

 クアトロ・セブンと言うのは非公式な魔法少女のファンクラブで付けられている名前である。日本で最大規模の魔法少女ファンクラブであり、此処が使用する名称が報道機関でも使われている。故に、半ば公式と化しているのだ。


 其の中でも、魔法少女達の「スコア」を集計している。言ってしまえば、どの魔法少女がどれだけの敵を殺したかを計算しているのだ。

 このスコアは防衛省が公式な出動記録として開示する物を、サイトで独自に設けた点数と照らし合わせて発表しているものである。因みに、物を壊しまくるとマイナス点が付き、乙種魔法少女はこの点不利に成っている。

 が、クアトロ・セブンそんな乙種魔法少女の中でも全国区で見ても高い得点を保有しているのだ。


「バカバカしい」


 そして、そんな男子達の話を唾棄する一人の男子生徒が居た。名前を深見昇と言う。年齢は17歳で、両親は既に死亡しており、現在は父方の祖父母の家で暮らしている。

 成績は中の上から上の下を彷徨い、運動神経も悪くない。剣道部に所属しているが、体が弱い為か、学校を時々病欠、早引する事がある。交友関係は広いとはいえず、物静かで暇さえあれば本を読んでいるような影の薄い存在である。

 猫背気味で、肩には竹刀が入っている竹刀袋を背負っていた。竹製の一振り三千円程の竹刀が二振り。また、バラしてある竹刀が四本入っている。

 昇の言葉は同じ学校に通う男子達には聞こえていなかった。昇も彼等に聞こえるようには言っていない。囁くように、呆れる声で言ったのだから。


「そうだよねぇ~

 バカバカしいよね」


 しかし、そんな昇の吐き捨てた言葉を聞き取った1人の女子生徒が昇の横並ぶ。名前を山口真と言う。昇と同じ学校に通う同学年だ。クラスは別であるが、同じ剣道部である。桐明高校剣道部の部員は昇、真にもう1人の一年生を入れて僅か3名である。

 元々は全国大会にも出た程の強さだったが、少子化と運動嫌いの波を受けて今では部員僅か3名の弱小剣道になってしまっている。元々は三年生も居たのだが、受験を控えており、早々に引退してしまったのである。


「魔法少女が私達の暮らしを守ってくれるのは有り難いけどさ、やってることは人殺しとおんなじだよ。

 それをゲームみたいに点数付けて盛り上がって……」


 不謹慎だ。真の言葉に昇は一部賛同しない。魔法少女に狩られる存在は既に人間ではない。これは現在の医学的にも証明されており、彼等は人間であったまた別の何か、である。

 冬虫夏草と言うきのこを知っているだろうか?漢方薬として有名なあのきのこは、蛾の幼虫に寄生して生える。蛾の幼虫はこの時点で死んでしまい、きのこの養分と成るのである。このきのこは果たして蛾なのだろうか?それとも、この蛾はきのこなのだろうか?

 どちらでもないのである。

 『蛾に寄生したキノコとキノコに寄生された蛾』が正しいのである。敵を簡単に言うならば『寄生され土台にされた人間』である。防衛省は敵を『外的身体変形及び反社会性人格障害』と長ったらしい名前をつけているが、専らキメラと呼ばれることが多い。一応は治療や原因究明の為に医者や学者が研究を行っているのだが、まぁ、進まない。


 昇は真の言葉には答えず、無言で昇降口の下駄箱に向かった。靴を履き替え、背負った竹刀を部室に置く為に剣道場がある格技場へ。格技場は2階建てで体育の脇に建っている。一階が柔道場、二階が剣道場と別れており、道場の正面に部室が有る。部室は男女で別れており、それぞれ20名の部員が着替えることが可能なのだが、部員が3名しか居ない中では非常に寂しい。

 部室の鍵は複製を含めて全部で4つあり、顧問と部員全員が持っている。昇の後に続いて真も部室に付いて来た。始業まではまだまだ時間が有る。


「竹刀変えたの?」


 真は男子部室だと言うにずかずかと入って来て昇の竹刀袋を勝手に開ける。真は明朗快活な性格で、男女別け隔てなく話すために人気者である。剣道一直線であり、勉学が少し危ない。ボーイッシュ女子と言うやつで短く切った髪の毛に小麦色の肌はセーラー服を着ていなければ、彼女が女子だと思わないだろう。


「これ風林火山じゃん!?」


 風林火山、正式名称は燻製胴張型上選竹刀の風林火山だ。竹刀といえば、色が黄色っぽい白の竹刀を思い出すだろうが、この竹刀は燻製してあるので色が黒い。また、胴張型と言う竹刀の腹の部分が膨らんでいるのだ。


「昇って意外に金持ちよねぇ~」


 竹製の竹刀は使っている内に割れる。打ち所が悪いと、完全に折れてしまう。故に、練習では値段が一千円程の竹刀を使う場合が多い。三千円以上の竹刀を練習でホイホイ使う学生は殆どおらず、殆どが試合用なのだ。また、一万円を超えるカーボン竹刀と呼ばれる物がある。これは文字どおりカーボンで出来た竹刀である。

 カーボンの為に重量があり、主に練習の時に使うものだ。


「バイトをしているからだ」

「何処でバイトしてるのよ。

 私もやりたい」

「今は、バイトを募集してない」


 そんな会話をしながら部室を後にする。

 昇が教室に入ると、携帯が震えた。昇が画面を見るメールの着信を知らせている。メールには午後1700時にBAR“ウィリアム”に集合と書かれているだけであった。

 ウィリアムとは昇がバイト先としているBARである。BARと言っても夜になったら酒も出す軽食店と言う感じだ。

 昇はそのメールに返信を打つことはなくそのまま鞄にしまう。朝のホームルームから部活が始まるまではいつも通り、特記することもなかった為に割愛する。


 放課後、昇はカバンを片手に部室に向う。午後3時23分。ホームルームが終了したからだ。一足先に終わったらしい真が廊下で待っており、昇は真共に部室に向かう。格技場に向かうと1年生の広江慶太郎が来ており、服を着替えて道場を雑巾掛けしていた。

 部活が始まる前に道場を雑巾掛けするのがこの部の伝統である。


「こんにちわ!先輩方!」


 体育会系の暑苦しい、と言っては失礼だが、声の張った挨拶が二人を出迎える。真はそれにこんにちわと笑顔で挨拶を返し、昇は無表情でああと答えた。そんな昇に真は元気に返しなさいよと脇腹に肘鉄を入れる。

 昇はそれに無言で返し、部室に入ってしまう。真はそんな昇をモウと憤るが、慶太郎は気にしてませんからと納めてから、部室に向う。


「先輩、今日も稽古をお願いします」

「今日は、5時から病院に行かなくてはいけない。

 山口とやってくれ」

「え、じゃあ、もう帰るんですか!?」


 慶太郎の言葉に昇は顧問に言ってからなと答えた。昇はカバンから一冊の本を出す。所謂ライトノベルと呼ばれる小説だ。

 昇はある意味ではオタクだ。アニオタやアイドルヲタと呼ばれるような存在ではなく、ミリタリーマニア、つまりミリオタと呼ばれる部類だろう。

 と、言ってもかなり浅いミリオタである。


「おーっす」


 部室の外、気怠そうな挨拶の声が聞こえてきた。顧問の登場である。

 宇山江神代、体育教師だ。


「おい男子。いつまで部室でシコってる」


 性格は大雑把で、下品だ。万年ジャージで中のシャツには『I am God』と言う実に恐れ多い文面が書いてある。外見だけはとてつもなく良いが、言動が酷いのでモテるどころかセクハラおやじ同様に扱われている。今も勝手に部室の扉を開けて入ってくるのだ。

 顔はニヤついており、覗きは確信犯である。


「宇山江先生。

 今日は病院で検査を受けるのでこれで帰ります」

「はぁ?

 マジかよ。じゃあ、今日は部活無しな」


 非常に気分屋で何かにつけてサボろうとするのだ。


「広江。そういう訳だから山口の相手を頼む」

「分かりました」


 昇は宇山江を無視して慶太郎に言付けるとそのまま学校を後にした。背後で宇山江が無視すんなコラ~と叫んでいるが、相手にするだけ時間の無駄なので昇は相手をしない。時間は3時45分だった。ウィリアムには学校から15分ほどで付いてしまう。

 一足先に行って、本を読んでいようと昇は決めるとそのまま歩き出す。帰り道、学校の周辺にはまだ学生がおり屯していた。学校からは既に部活をする声が聞こえている。


 空はまだ日が高い為に青空だ。

 駅前の裏通りにウィリアムはある。夜になると居酒屋が店を広げるが、この時間はまだ準備段階である。ウィリアムはビルとビルのひっそりと立っており、知る人ぞ知ると言う感じであり、これでよく潰れないと感心してしまうほどにひっそりしている。

 それに臆することなく、と言えば聞こえはいいが、実際は気にする事もなく昇は向う。正面から入る。扉には『Close』と彫られた札が掛かっているが、鍵は開いているのでそのまま扉を開けて中に入っていった。


「まだ開いてねーよって、お前か」


 ウィリアムの店長が昇の顔を見ると早いなと告げた。薄暗いの店内。年中グラサンを掛けている男で、本名は誰も知らないが、タケさんと呼ばれている。


「呼び出しです」

「ああ、聞いてるよ。

 柳葉だろう?奥の部屋で寝てるぞ。起こそうか?」

「いえ、5時に会おうとの事なので」


 昇の言葉にそうか、とタケさんは頷くと、大声で柳葉と怒鳴りつける。暫くすると、ドタドタと騒がしく音がして、柳葉がふらふらと出てくる。寝ぼけ眼を擦りながらやって来た。


「何だよ、5時に起こせって言ったろうが」

「お前が呼び出したクアトロ・セブンが来たぞ」


 柳葉が首を巡らすとカウンター席に座る昇に目が行った。


「ああ、すまんなクアトロ・セブン。いや、深見昇。

 昨日の夜はお疲れだったな」

「いえ、仕事ですから」


 深見昇のもう一つの顔、それは乙種魔法少女第7777“クアトロ・セブン”である。

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