魔法少女と中の人! ~クアトロ・セブンは前途多難~

はち

第1話

 9.8グラムの重さをした物が音速を超えて飛んでくる。人間はたったこの10グラムにも満たない鉛の礫で死ぬ。腕の骨に当たれば、腕を絶つことも可能だし、人間の持つ骨で最も太く長い骨である大腿骨に当たれば、キュウリをへし折るかのように簡単に打ち砕き、一生杖無しでは歩けない体になる。下手をすれば車いす生活を余儀なくされるだろう。

 そんな致死量を持った金属片が20個、一箇所に向かって飛んで行く。瞬きする間もなく、次々に飛来して着弾した金属片を前に目標はズタズタに切り裂かれる。

 この金属片を人は弾丸と呼ぶ。M2通常弾。それがこの重さ9.8グラムの弾丸に名付けられた名称だ。生き物を殺すためだけに特化した物質である。


「チッ。

 足をふっ飛ばしたのにまだ逃げますか。しょうが無いですね」


 M2通常弾を更にわかりやすく言えば、.30-06スプリングフィールド弾と言う種類の弾丸を更に細分化したものである。この銃弾は主にアメリカ陸軍が使用していた銃全般に使用された銃だ。例えば、M1“ガーランド”自動小銃。M1919機関銃。そして、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃だ。

 金属製の箱型弾倉に20発。金色の真鍮を尻に付け、整然と発射されるのを待っている弾丸である。


「甚振るのは趣味ではありませんが、もう片方もふっ飛ばして差し上げます」


 機関銃と言えば、少し語弊がある。メイド服をミリタリーコスにするとこんな感じだろうと言う格好をしたメイドが不服そうな顔をして立っている。頭部には大きな、まるで航空管制官が付けるようなトランシーバーと一体型のヘッドギアを付けている。

 カチューシャの代わりに第一次世界大戦中期よりドイツ軍が使用し始めたシュタールヘルムと呼ばれるヘルメットをかぶっている。手に持っている物はM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃である。

 グリップと一体型の曲銃床の台尻を腰に当てトリガーガードに白く、細長い指を掛ける。冬場は此処に白い絹製の手袋を付けているが、今は時期ではないので付けていない。マガジンリリースボタンはトリガーガードの前部に付いているボタンを押し込むのだ。

 メイド、というには余りに物騒な格好をしているメイドは左手でそのボタンを押し込みつつ、メイド服の左腰にあるマガジンポーチから新しい20発の弾倉をとり出し、素早く変える。


 空になった弾倉は左の後ろ腰に付けられているダンプポーチと呼ばれる、空の弾倉を入れておくポーチに突っ込む。ゲームや映画では、弾丸を撃った後の弾倉を捨ててしまうが、現実ではそんな事はしない。銃を作るに辺り最も難しいパーツはこの弾倉である。

 弾倉の弾丸を抑えておくゆるやかなカーブを描いている場所が少しでも凹んでいたり、均一に曲げれなければ、弾丸は弾倉から出ることが出来ず、装填できないのである。また、プレスパーツを使っているとしても、1つ数百グラムの金属だ。それらを全て遺棄していれば、その損失は計り知れない。弾倉は壊れるまでずっと使い回しが出来るのだから。

 故に、弾倉は捨てない。納得が出来ないのであれば、サバゲーを想像してみると良い。彼等は皆弾倉を捨てるだろうか?いや、捨てない。理由は簡単だ。弾倉は1つ1000円とか2000円、下手をすると5000円を超えるからである。

 実際の物も同様である。


 新しい弾丸が詰まった弾倉を装填したメイドは弾倉の尻を掌で叩き、弾倉がしっかりと詰まっていることを確認する。そして、機関部の左側に付いている槓杆を引っ張った。M1918は本来ならばオープンボルトと呼ばれる、構造をしている。これは製造をする際に非常に簡単だし、低い技術でも製造が可能になる。また、銃を連続射撃するとその熱で勝手に銃弾を発射してしまうコックオフと呼ばれる現象を発生させにくくしている。

 しかし、このメイドの持つM1918は機関部をゴッソリと変えており、ガス圧利用のクローズドボルトと呼ばれる機関部にしている。


 クローズドボルトを説明するには先ずとはオープンボルトの説明をしなくてはいけない。

 オープンボルトは、槓杆、つまりはボルトを引っ張った後に薬室が開放されて固定され、トリガーを引くと同時に薬室に弾丸を送り込む。それと同時に薬室を閉めて雷管を叩くという動作をする機構のことを言う。対するクローズドボルトは槓杆を引っ張った後、ボルトは固定されずにそのまま前進し、弾薬を薬室に送り届ける。トリガーを引くと、撃針だけが作動して、雷管を叩き、その後はガス圧だったり反動だったりでボルトを押し返し、弾丸を排莢させるのだ。

 M1918はガス圧利用のオープンボルトである。使用する弾丸は.30-06弾であり、発射速度は毎分600発だ。勿論、ライフル弾をクローズドボルトで、連射すればその小さな機関部はあっという間に熱を持ち、更に言えば銃身はあっという間に摩耗してしまう。

 こうなると、コックオフは起こるし、命中率もダダ下がりだ。

 故に、このメイドの持つM1918はバレルを通常の2.5倍のヘビーバレルにしてあるし、機関部も全て熱に強く、軽いチタン製だ。また、銃身の取付部も改良されており、M1918では銃身交換が出来なかったのに対し、このメイドの持つM1918は5秒も有れば交換可能に改良されているのだ。

 M1918の皮を被った全く別の機関銃と言っても過言ではない。しかし、それはM1918の形をしており、M1918を原型としているので此処では敢えてM1918と呼ぶことにする。


「では、さようなら」


 メイドはそう告げると、M1918を向け、トリガーを引く。音速を超えて再度9.8グラムの弾丸が20発吐出される。

 銃口の先には片足を失った頭が2つ、腕が4つ有る男。元々は人であったが、運悪く人ならざる者に成ってしまった存在だ。他者を襲い、少なくとも文明人が共通して敵として認める存在である。

 勿論、それを敢えて病人だとして庇う連中も居るが、概ねの人間は彼のような存在を社会の敵、人間の敵として見做している。


 そして、そんな存在を狩るの存在が、通称『魔法少女』である。


 この物語は、そんな魔法少女達の物語である。そして、この物語での主人公めいた存在がこのメイド、乙種魔法少女第7777、通称クアトロ・セブン、である。



◇◆◇



「おーおー、今日は盛大に撃ちまくってくれたな慇懃メイド」


 一人の男がタバコを吹かしながら2つあった頭を両方共吹き飛ばされた男だった者の傍による。男の後ろにはロングコートを羽織ってM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を担いだミリタリー風メイド服を着た少女、クアトロ・セブンが立っている。

 表情は無表情。男を冷たい目で見詰めている。


「始末書を書く身になってくれよ」


 男は鑑識官に何やら指示を飛ばしつつ、死亡した男だった者からクアトロ・セブンに視線を向ける。クアトロ・セブンは何を言うでもなく、無表情に目の前の男、担当官の柳葉淳吾を見詰めている。感情の篭っていない視線で、柳葉の頭から爪先までを観察するように見てゆく。

 何日も変えていないであろう、シワが入ったスーツに襟首が汗で黒ずんでいるシャツ。履いている革靴は買ってから一度も磨いていないらしく艶とは無縁だった。


「まぁ、良い。今日のはキメラの中でも中々珍しい特殊個体だったしな。

 お前は腕だけは良い。乙種の中でも一等マシな方だ」


 乙種、正確に言えば乙種魔法少女のことである。魔法少女には甲乙丙の3種類ある。甲が剣や槍と言った格闘を中心とした近接武器を扱う魔法少女を指し、乙はクアトロ・セブンの様に銃を使う魔法少女を指す。そして、丙は魔法少女の代名詞とも言える、魔法を扱う魔法少女を指す言葉である。

 変身と言う意味では全ての種類の魔法少女は魔法を使うが、攻撃手段まで魔法を使うのはこの丙種魔法少女のみである。

 因みに、甲乙丙は日本での呼称であり、海外ではタイプAとかファイターとかそういう感じで呼ばれているそうだ。


「もう帰って良いぞ」


 柳葉の言葉にクアトロ・セブンは無言で一礼をすると闇夜に消えていく。


「先輩、何なんすか、アイツ?

 魔法少女だからってお高く止まってるのか一言も喋らないとか」


 柳葉とクアトロ・セブンのやり取りを見ていた一人の新人担当官が寄って来た。

 担当官とは魔法少女1人につき1人が着く言ってみれば、魔法少女の補助、助手である。つまり、アニメ等の魔法少女に出てくる解説役のメルヘンチックな動物が彼等担当官と思ってくれれば良い。

 魔法少女の敵や周辺の地形について情報を与えたり、公権力を行使して魔法少女が敵を排除するのを全力でサポートする存在である。魔法少女が活動中は彼等には総理大臣に匹敵する権限が与えられるため、別名が、歩く暴君とも呼ばれている。


「良いんだよ、アイツは。

 本来なら、今日、アイツはオフだったんだ。出なくても良かったんだ」

「はぁ?」

「但し、クアトロ・セブンの名前に反して、奴は運がねぇ。行く先々で敵と出会っちまうんだよ」


 柳葉はそう言うと、新人の担当官の肩を叩き先に戻ると、自分の車である、三代目ダッチ・チャレンジャーに乗り込んだ。6気筒エンジンが唸りを上げ、アッと言う間に現場を去っていった。

 柳葉達担当官の仕事は魔法少女が任務中の起こした損害等を報告しなければならない。担当官達はこれを「始末書」と呼び、乙種魔法少女は特にこの始末書を書く枚数が多い。銃とは鉄の固まりを吐き出して攻撃する。目にも留まらぬ速さで飛んで行き、敵に当たれば大打撃だが、当たらねば周囲に被害を齎す。


 交戦地区が郊外の野原や海岸だったら良いが、敵が現れるのは基本的に人々が集まる市街地である。故に、一度交戦が始まると、白昼だろうが、夜中だろうが凄まじい銃撃戦が起こる。最も、銃撃戦と言っても魔法少女が一方的に撃つだけで、敵が銃を使うことはない。

 代わりに奇形した腕や口等から強酸性の体液や歯や爪、骨といった物を射出してくる敵もおり、凄まじい戦闘になる。乙種の中でも最も嫌われる魔法少女はマシンガン系の連射可能な銃やグレネードランチャーやロケットランチャーを装備する魔法少女だ。

 機関銃は高火力な弾丸を凄まじい数放つが、命中率が悪い。ある魔法少女は敵を倒すために一晩で数万発のライフル弾を撃ちまくり、商店街が物理的に潰れてしまった。

 勿論、国から損害補償が下りるので修理費などはタダであるが、それでも商店はその間商売が出来なくなる。商売の売上予想額までは国は保証してくれない。

 故に、乙種魔法少女は嫌われている。担当官にも、一部市民からも。


「ま、クアトロ・セブンは乙種の中でも一等マシな方だけどな」


 柳葉はそう言うと、新しくタバコを取り出して火を付けた。

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