第90話
逃亡農民を保護して少しの月日が経ち、現状の把握も兼ねて農村を訪れていた。
村に近寄ると一人の男が村から駆け寄ってくる。
「公爵様ようこそお越しくださいました。それにしてもこの村に何の御用でしょうか?」
この男は逃亡してきた農民の一人で現在この村の村長を任せている人物だ。
馬上からでも、彼が少しばかりの冷や汗を流し緊張しているのが見て取れる。逃亡を受け入れてもらったとは言え、貴族がいきなり現地視察に来るのは緊張するよな。
出来る限り、あらぬ誤解を与えないように優しい口調で語りかける。
「現在の村の状況を確認するためにね」
いきなり追い出されるとかそういう不安があったのか、村長は少しばかり安堵した表情を見せる。
「なるほど。そうでしたか。まだ何もない村ですがご案内いたします」
村長は村の方を左手で示し案内をしてくれる。それに続く形で俺は数人の騎士を伴い、村に入っていく。
村には子供や若い男女の姿が見受けられる。若い男女は緊張した面持ちでこちらを眺めるが、子供たちは元気そうにはしゃいでいた。
元々の村の様子は井戸と焼け落ちた家屋が並ぶ廃村ではあったが、いくつかの家は修復されている。だが、家屋はまだ足りないようでテントだったり建築中の家がいくつも存在した。
俺は左斜め前を先導する村長に声をかける。
「村の暮らしぶりはどうだ?」
「公爵様のご配慮もありまして、皆満足しております」
村長はいたって平静を装っているように見えたが、言葉の端々が揺らいでおり緊張しているのが見て取れた。
まぁ確かに、農民が領主の前で不満ありますよ! なんてこと言えるはずもない。
質問の仕方を間違えたかな。
「何か必要なモノはあるか?」
「いえいえ、現状で満足しています」
村長は慌てるように否定するが「構わないから」と伝えると、渋々と言った感じで喋り出す。
「欲を言えば、パン工房が欲しいところです」
「あぁ。なるほど」
村長の言葉に思わず顎に手を当て納得してしまう。
確かに、衣食住の住はなんとかしていたが、食の方への意識が足りなかったな。現状村に移り住んだばかりだし、こっちからパンを届けるなどして支援をしていた。だが、来年以降を考えるなら竈などでパンを自作したほうが良いのは事実だ。
「あとでこちらで手配しておく」
「ありがとうございます公爵様……誠心誠意、税を収めさせていただきます」
村長は地に伏して頭を下げる。強引に聞き出したとはいえ、貴族に要望を訴えて願いを聞き届けてもらった。その対価として税を多少多めでも収めようという事なのだろう。まぁ俺には少し別の考えがあるわけだが。
「税についてだが、今年は免除する」
村長はバッと顔を上げて、戸惑っている様子が見て取れる。
「……宜しいのですか?」
村長の言葉に俺は一つ頷き、村の中を見渡す。
「まだ移住してきたばかりで、苦労することも多いだろう。前に教えた農業のやり方をしてくれればそれでいい」
彼らには既に三圃制を伝授している。
一部の村で実験していた三圃制だが、結果が出てきたので父上に報告書も送り、こうやって新しい村で普及させている。彼らも俺に恩があると感じているため、抵抗なく進めている。
村長は再び頭を下げる。
「ありがとうございます公爵様。戦の際は喜んで参加させていただきます」
村長としては税の代わりに戦争の際には兵を多めに出すつもりだったのだろうが、うちは志願制だしな。
「戦も基本的には徴兵しない方針だ。安心してくれ」
「え?」
村長が思わず素っ頓狂な声を上げる。何だこの貴族はといった表情で見つめてくる。税も取り立てないし、徴兵も基本はしないっていうと農民としたら戸惑うのも無理はない。
まぁでも、うちはそういう方針なんだ。ちょっと他とは違うかもしれないが慣れてくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます