第89話

 執務室へ戻り、懐から手紙を取り出す。

 手紙は質素な見た目をしており、封蝋には王家の紋章が描かれていなかった。

 王家の紋章を使うと、王家の公式的なモノとして扱われるため第五王子という立場の弱さゆえに使わせてもらえなかったという所だろうか。


 封蝋を割り、中身の手紙を取り出す。

 中には一枚の紙きれのみが入っており、内容に目を通す。

 最初は挨拶が書かれており、その次に前に会った砦防衛戦における戦勝を祝う言葉が綴られている。


 包囲貴族に囲まれていることもあって、情報は届かないように思えるが商人や教会を伝って情報が流れているという所か。

 だが、勝ったというのは分かっているようだが、どうやって勝ったのかは伝わってないようだ。内容には「素晴らしい。一体どうやって勝ったのだ?」と内容を聞きたがっている様子が見て取れた。

 手紙からでも、会った時の彼の風貌を思い起こさせる。


 手紙の下の方を読み込むと、彼自身の近況が綴られている。

 王太子は、どうやら本気のようで大公派となんどもぶつかり合っているようだ。

 だが、それでも例年通りなかなか決着はつかず、泥沼の様相を呈していると書かれている。

 そんな状況でも、第五王子のジークは別動隊を任され、大公派の小規模な貴族と戦いそれらを打ちのめしていると手紙には自慢が書かれていた。もう少し手ごたえのある敵とも戦いたいと。


 恐らく、王太子は別動隊に第五王子を置いたのは隔離するためだろうな。もし、本隊に配属し功績を立てれば第五王子に靡く貴族もいるかもしれない。それは王太子としても第一王子としても喜ばしくない。それ故、他者の目に触れる機会が少ない別動隊に配置し、功績を立てても蓋をするのではないだろうか。

 王太子も強い第五王子に手を焼いている印象だ。

 扱いには困るが、放置するにはもったいない逸材といった所か。


 だが、真面目な話は此処までだったようで、最後の方には妻のカーラ殿の話が綴られている。

 やれツンとした所が可愛いだの、酔ったときはため息を吐きながらも介抱してくれるだの抱きしめてやると照れる姿がまた良いのだとか。

 惚気かよ。


 締めくくりには、お互い大変なこともあると思うが頑張ろう。今年は北の寒波が早めにやってくれるかもしれないのでお体に気を付けて。ジーク・フォン・ゲラム・オーゼンハイムと書かれていた。

 手紙を封筒に戻す。


「エーリッヒ」


 近くで仕事をしていたエーリッヒを呼ぶ。近づいてきたエーリッヒに先ほどの手紙を渡す。


「これを複写して父上に届けてくれ」

「畏まりました公爵閣下」


 この手の情報は父上にも包み隠さず話すべきだ。

 王家から手紙を受け取って父上に報告しないのは、もしかしたら離反するのかと疑われる可能性がある。正面にはカスターレン伯爵と相対しているのに、後ろの父上から見捨てられると詰むからな。

 これで父上への対応は間違っていないはずだ。


 問題は第五王子のジーク殿への対応だ。

 あんな短い期間ではあったが、王都では一番言葉を交わした仲だ。別れの際には何とも言えない雰囲気になったが、当人は気にしていないのかこうして手紙を送ってくれた。

 目的は何だろうか? 単純に親交を深めるため?

 ふと、そこで最後の一文を思い出す。北の寒波が早めにやってくるかもしれないのでお気をつけて。

 もしや……北方の雄。グスタフ戦士団のことだろうか。戦士長を選出する儀式をしているという認識だったが、もう終わったという事か。

 彼らが動くき出すと情勢がどう動くか分からないな。


「エーリッヒ。父上に北方に注意を払うべきかもしれないと書き加えてくれ」

「……はっ。畏まりました」


 口からため息が漏れ出る。

 カスターレン伯爵でも手に余るというのに、北方の動きにも注意を払わねばならないとはな……。まぁいい。

 俺は机から一枚の無地の紙を取りだし返事をしたためる。

 ジーク王子が気になっていたであろう戦闘のあらすじを書き記す。もちろん火薬の件は伏せた状態で。

 最後の締めくくりには仕返しとばかりにレイラのかわいさを自慢してやったけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る