第88話

 ハイネマン司教が去った後、応接間には俺とアルテの二人きりになった。


「すまん。突然の呼び出しで、こんな話で驚いたよな」


 俺はアルテに謝罪にする。

 ハイネマン司教には言葉で説明するより、実際見せたほうが早いと思っての行動だった。だけど、そこにはアルテの心情への配慮はなかった。


「いえ、私も知れて良かったです」


 アルテからしてみれば、アリエスト教の宗教者なんて天敵と言えるのかもしれない。


「でも一つ気になることがあります」


 隣に座るアルテが、こちらを見つめる。

 先ほどの話で何か気になることでもあったのだろうか?


「なぜ公爵様は獣人迫害の意識がないのでしょうか? ハイネマン司教は歴史などを見て、レイラお嬢様は獣人の友を持っておられます。でも公爵様は違うと思います」


 ……まさか、その質問が飛び出してくるとは。

 純粋に、前世ではケモミミ美少女が好きだったからってのもあるが、それをそのまま答えることはできない。

 でも、ちゃんとした理由もある。


「アルテは、迫害の原因がいくつかあるのを知っているか?」

「……身体的なモノですか?」


 少し考え込みながら答えたアルテに俺は頷く。


「それも一つだが、もう一つは身分的な迫害だ」


 アルテは小さな声で「身分的……」と反芻する。


「貴族や騎士は、基本的に平民を迫害している。もちろん力による弾圧と言う面もあるが、身分的な差によって生み出されている」


 結局、獣人と言う外敵を設定したところで人間は一つに纏まれない。


「でも俺は貴族でヴェルナーやエーリッヒなど他の家臣の騎士は平民階級だった。だけど彼らに迫害の意識を持ったことはない」


 ヴェルナーはスラム育ちだし、エーリッヒは難民だ。

 そして平民だったとしても彼らは優秀な騎士で、大事な友だ。


「身分的な迫害など気にしないし、同様に身体的な特徴についての迫害も気にしない。まぁ、なぜ身分的な迫害は気にしてないかと言えば、生まれつきそうだったと答えるしかないけどな」

「……なるほど」


 少し考え込みながら、アルテは納得しているようだった。

 えぇ。本来ならケモミミ美少女が好きだから! って正直に言えたらいいんだが、真剣な回答をお望みだったようだし致し方ない。


「ハイネマン司教も言っていたように、少しずつではあるが考えも変わっている。俺らにできることは、その流れを断ち切らず、障害物を排除して変化を促すことだけだ」


 結局、人間一人にできることに限りがあるしね。


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