第87話
「ブピレッタ枢機卿か……初めて聞いたな」
貴族関係は、情勢などにも影響があるから把握しているが、宗教は中立だったのでそこまで調べていなかった。
「地方に顔を出すこともありませんし、このご時世で地方に影響力を出すの難しいでしょうから、公爵様が知らないのも無理はありません」
「なるほど……枢機卿の座から引きずり下ろすことはできないのか?」
そう質問すると、ハイネマン司教は慌てたようにたじろぐ。
「そういった質問は危ないですよ公爵様」
まぁ確かに。宗教と貴族が協力しているとはいえ、それは利害の一致による同盟関係で互いの領分に相手が入ってくることを嫌う。まぁうちでは宗教が領分に入ってきているが、それは人材不足や統治の上で必要な判断だった。
それ故、宗教内部における事柄に貴族である俺が介入しようとするのは、危ない質問なのだ。
「ですが、方法はあります。大司教六人中で当人を除いた三人の賛成があれば、枢機卿の座を変わることはできます。問題は四人がブピレッタ枢機卿の手の者ということですが」
なんというか……宗教のトップの決め方がそんな民主的投票で決まるというのは意外だな。
ここまで厄介だと暗殺と言う手もありそうだが、それは難しい。
そして何より……。
「ブピレッタ枢機卿を排除したところでそう簡単に解決する問題ではない、か」
「えぇ。その通りです」
大司教クラスの四人はブピレッタ枢機卿に同調する獣人迫害派だろうし、なによりブピレッタ枢機卿を排除したところで、劇的に大衆の迫害の意識が払拭されるわけではない。下手をすれば、獣人が暗殺したなどと迫害が強まる可能性も高い。
一つ溜息を吐く。
「なんともまぁ……この世というのは思い通りにならないものだな」
ハイネマン司教はいつものように人の良い笑みを浮かべる。
「まったくもってその通りです。ですが、歩みを止めるわけにもいきません。たとえ少しづつでも進歩することこそが、人間の美しさですから」
なるほど。唯一といって言い教義の人類賛美に繋がるというわけか。
さすがは宗教者というべきか、語りが上手い。
だが、良かった。
獣人迫害の原因と、ハイネマン司教の思惑が知れたのは大きな収穫だった。
前途多難ではあるが……。
「すまないな。突然の話で困惑しただろうが、目指すところが同じようで安心した」
俺は椅子から身を乗り出し、右手を差し出す。ハイネマン司教も苦笑いしながらその手を握る。
「えぇ……突然のことで驚きましたが、私としても安心いたしました」
まぁハイネマン司教からしても、俺のなんとなくの性格は分かっているだろう。だが、突然獣人迫害を加速させる可能性もあったと思えば、不安に思うのも仕方ないだろう。価値観を少しずつ変えるといっても支配階級の顔色を窺わなければいけないわけだし。
握手を解いた俺たちは、それぞれ茶を一口飲む。
ちょっと緊張感漂う場だったために、口の中は乾燥しているように感じられた。
「それにしても、長い道のりになるな……成し遂げるとなるとハイネマン司教も枢機卿にならねばならないだろうし」
枢機卿の地位に成り上がったとしてもそこで終わりではない。なんならそこからが始まりと言える。価値観を変えるというのは時間がかかるものだ。それこそ迫害を無くそうなんて前世でも難しかったことだ。
ハイネマン司教はカップを机の上に戻し、どこか遠い目をする。
「そうですね……そのころには公爵様を陛下とお呼びすることになるのでしょうか?」
「危ない質問だなハイネマン司教」
貴族が宗教に突っ込むのが危ないように、宗教が貴族に突っ込むのもまた危ない橋だ。仕返しされたようなものか。
俺もカップを机の上に戻し、両肩を竦める。
「公爵でも身に余ると思っているよ」
「だからこそなのでしょうね」
ハイネマン司教の言葉にはてなマークが頭に浮かぶ。
「身に余るという思いがあるこそ、横柄に振る舞わず、努力する。だからこそ民も騎士の皆様も公爵様を信頼しお支えしようと思うのでしょう。獣人の方々が公爵様に従っているのも納得できます」
そこでハイネマン司教はアルテに視線を移した。
アルテも一つ頷く。
「そして私自身これからも公爵様にご協力致しますよ」
「ありがとう……ハイネマン司教。これからもよろしく頼むよ」
「えぇ。もちろんです」
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