第86話
ハイネマン司教は目線を机に落とし、ポツリポツリと語りだす。
その姿はまるで懺悔する子羊のようにも思えた。
「元々は、争い合うこともなかったと記録されています。ですが今から数百年前、アリエスト様がいなくなり歪みが始まりました」
「歪みとは?」
そう質問するが、ハイネマン司教は少し口ごもる。だが、もう話すと決めた以上彼に言わないという選択肢はないのだ。
「宗教を自らの欲を満たすように利用するものが現れました。公爵様は我らがアリエスト教で唯一不変の教えが何であるか知っておられますか?」
「人類賛美だと記憶しています」
そう答えると、ハイネマン司教も「その通りです」と相槌を打つ。
「ですが、時の枢機卿はこの教えを捻じ曲げた……『人』という部分に亜人種は入らないと広めたのです」
「なるほど……でも、なぜそのようなことを?」
人を他の亜人種よりも上と置きたかったのだろうか。もしくは、創始者亡き後に宗教内の結束を纏めるために外敵を設定したとか。
アルテはこの話を聞いて大丈夫だろうかと視線を横にやるが、黙って聞いているようだった。ただ、その瞳には少しの怒りの色が見て取れた。
「枢機卿は王侯貴族などと繋がり、彼らを排斥することで領土や奴隷として莫大な富をもたらしました。王侯貴族にとっても大義が得られ、アリエスト教を信奉する民衆も喜んで参加しました。そして大義を与えたり、信者の動員などで見返りとして多額の金銭を枢機卿は受け取っていました」
そうか……。確かに宗教勢力は中立を謡っているが、それは別に王家や貴族などと距離を置いているというわけではない。手紙の件などそうだ。宗教勢力と貴族が密接に結びついてるのがよく分かる。
俺はそれを否定するつもりはない……俺自身もこうしてハイネマン司教と関係を持ってるしこの時代だとそうしなければ大変なことも多いのだ。
「それで今まで続いているというわけか」
「えぇその通りです。ですが、ここ最近少しずつではありますが見直される動きがあります」
ほぅ? 自浄作用というべきか、変わりつつあるというのだろうか。
「それは何故だ?」
そう質問すると、ハイネマン司教はチラリとアルテの方に目を向ける。
「獣人の方々の信者が増えたからです。同じ教えを守る身で迫害されるのはおかしいと、一部人間の信者たちでも疑問に思っている者が多いのです」
なるほど、奴隷種族として長い年月を過ごしたものたちが処世術としてアリエスト教に入信したのだろう。当初の恨みも長い年月によって薄れ、言い方は悪いかもしれないが飼いならされた結果と言えるのかもしれない。
「ですが、その流れはとある人物によって止められています」
「それをだれか聞いても?」
ハイネマン司教は少し躊躇するが、覚悟を持った瞳でこちらを見据える。
「問題の発端の枢機卿の子孫にして、現在オーランド王国全体を纏めるブピレッタ枢機卿です」
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