第85話
もちろんこの質問にはリスクが伴う。
でも悪くない賭けだと思ってる。というのも、ハイネマン司教はシルリア地方一帯を取りまとめる聖職者だ。そしてその領域内には獣人族の逃亡奴隷によって構成される集落がある。ウォルフたちは集落を作るに当たって、このシルリア地方の獣人迫害がひどいかどうかを調べたはずだ。
それに迫害の意識は王都に行った際のノルデン子爵など王都方面の貴族が酷いと感じていた。
「……どういう意味でしょうか?」
まぁそうだよな。
突然こんなこと聞かれても意図を測りかねる。
俺は懐から一冊の本を取り出し、机の上に置く。前教会から借りていた『オーランド王国の歴史』というシリーズだ。肝心なのはこの本の著者がアリエスト教ということだ。
「こういった本をアリエスト教は製本しているのに、獣人関係の本がないのが気になってね」
「なるほど……そういうことでしたか」
長い歴史を持ち、人類賛美を教条とするアリエスト教は歴史書を書くことは重要な宗教的行為だと言える。それ故、獣人関係の本がない違和感が浮き彫りになる。
「申し訳ないのですが、お答えする立場にありません」
ハイネマン司教は無の表情を浮かべ首を横に振る。
「これか?」
俺はポケットから一枚の金貨を取り出して、彼の前に出すがそれでも表情は変わらず拒否され突き返される。金の問題ではないか。
でも、彼の反応からして脈ありだと確信していた。これが獣人迫害を是とするならば喜んで語るだろう。だが、彼は獣人迫害を語ることを避けた。それは獣人迫害を快く思っていないという事に他ならない。
「ハイネマン司教。私はあなたと同じ考えを共有していると思っているのだが、どうだろう?」
ハイネマン司教の表情がピクリと揺らいだのが見て取れた。
「それは……」
まだ、どこか試すような目線でこちらを見つめるハイネマン司教。言葉で説明するより証明したほうが早いか。
懐から小さな笛を手に取り、息を吹き込む。
吹いてる自分自身も音が鳴っているのか不安になるが、これでいいらしい。程なくして、廊下からタッタッと軽快な足取りが聞こえてくる。その足取りは部屋の前で止まると、扉の向こうからアルテの声が聞こえる。
「公爵様お呼びでしょうか?」
「あぁ。入れ」
外に控えていたであろうメイドがドアを開け、アルテが入ってくる。
アルテは入って来るや否や、ハイネマン司教を見て驚きの表情を浮かべ、ハイネマン司教も首輪がついておらず堂々と歩いているアルテの姿に驚愕する。
俺はメイドにドアを閉めるよう目配せを送る。ドアは閉まり、三人のみの密室となった。
机の上に置かれていたカップを手に取り、一口飲んでからハイネマン司教に微笑みかける。
「これで私の考えは伝わったかな?」
「えぇ……伝わりました」
ハイネマン司教はため息を吐く。
先ほどまでの腹の探り合いとでもいうべきポーカーフェイスだったハイネマン司教は緊張が抜けたのか表情が表に出るようになっていた。
「私は獣人に対して迫害の意識は持っていない」
これはハッキリと明言しておこう。前世の価値観もあるのだろうが猫耳少女とか狼少女とかかわいいやん? 機会があるならぜひモフりたいところではあるが……。
ハイネマン司教は人の良い笑みを浮かべる。
「確かに。そして私も同じ考えです」
まぁなんとなくハイネマン司教が獣人に寛容なのは確信していた。
「ならば、アリエスト教と獣人族の関係について今一度教えてくれないか?」
俺がそう問いかけると、ハイネマン司教はチラリとアルテの方を確認する。
あっ。ってかごめん呼んでおいて立ちっぱなしで放置してたね。
「彼女には聞く権利があると思うが」
「……えぇ。そうですね」
俺はアルテを手招きし、隣に座るよう促す。
アルテが座ると、ハイネマン司教は深刻そうな表情を浮かべて語りだす。
「これから話すことは他言無用でお願いします」
「あぁ。もちろん」
アルテも何も言わないがコクリと頷く。
俺達の同意を確認したハイネマン司教はその重い口を、ようやく開いた。
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