第81話

 夜が更け込んだ城に静謐なひととき。

 私室で手帳に書き込んでいると、コンコンとドアがノックされる音が部屋に響く。

 ここが執務室なら騎士にお願いするところだが、私室のため自ら歩いてドアの方向に向かう。

 俺はドアを開け、来訪者を確認する。

 お洒落な衣装に、少しだけ開けた胸元。頬は少し朱に染まっており、愛らしいレイラがそこにいた。


「お呼びと聞いて参りました」

「中へどうぞ」


 レイラを中に入れ、ドアをパタンと閉める。

 改めてレイラに向き直ると、レイラはどこか恥ずかしそうにソワソワしている。

 そんなレイラを見るのもなかなか良いものだが、ずーっと眺めているわけにもいかない。俺はそっとレイラの手を取る。


「あちらでお茶でもどうですか?」

「……えぇ喜んで」


 レイラを小さなバルコニーにお連れし、レイラを先に座らせる。

 私室に戻り、書類作業をしていた机の上に準備していたクッキーを手に取る。それをレイラの前に置く。そして暖炉の前で沸かしていたお湯から紅茶を作る。

 茶器を手に取り、2つのカップに茶を注ぐ。片方をレイラの前に置き、その反対側にもう一つのカップを置いて俺自身も座る。

 夜風も寒すぎずちょうどよく月明かりが俺たちを照らしている。


 茶を一口飲み、口を湿らせるが、肝心な言葉が出てこない。


「おいしいです……心が温まるような優しい味わいですね」

「あ、ありがとう」


 ふとレイラから掛けられた言葉に、考え込んで下を向いていた視線はレイラの視線と交差する。

 レイラはそっと、カップを机の上に置く。


「そして、アイン様と出会い、そんな優しさに私は救われました」


 レイラは席を立つと、バルコニーの柵に手をかけ星空を眺める。


「最初は、今になっては恥ずかしい思い出ですけど私って不愛想でしたよね?」

「そ、そんなことは……」

「いいんです。あの頃は殻に閉じこもってましたから、この先も道具として扱われるのかと絶望していました」


 レイラはそこでこちらに向き直る。


「でもあなたが変えてくれた」


 レイラはそっと俺の手を取り、釣られて俺も立ち上がり、二人で見つめ合う。


「最初は憐みだったのかもしれません。ですが、メリアやミミ。彼女たちと再び合わせてくださいました。憐みだったとしても私は救われました」


 俺は何も言えず立ち尽くす。それでもレイラは俺の目をしっかりと見て話しかける。


「クッキーもアイスも、とてもおいしかったです。湖畔に行った時も初めてのことではしゃいでしまいました。アイン様の優しさが、いつの間にか殻を溶かしていました」


 レイラはそこで一旦言葉を区切る。


「好きです」


 心臓がはねたような気がした。


「例え、一族の因縁があろうと、私はあなたをお慕いしております」


 ふと、繋いでいるレイラの手が震えているのが感じられた。

 俺は彼女の手を今一度、強く握る。


「俺も……愛していますレイラ」


 最初は確かに同情、憐みだったのかもしれない。だけど彼女の笑顔や、愛くるしい言動。どこか守りたくなってあげたくなる雰囲気がありながらも、時に凛として振る舞う姿に惹かれていた。


 あぁ……やっと言葉にできた。

 言葉にするとシンプルなのに、そこには様々な記憶や思いが込められている。


「証明してくれますか?」


 レイラは少し小悪魔的な笑みを浮かべ、こちらを試す。


「……えぇ。喜んで」


 レイラの腰に手を回し、彼女を抱き寄せ……そっと唇を重ね合わせた。

 月光は祝福するように俺たち二人を照らしている。




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