第80話

 いつもの執務室に戻っていた。

 領都に戻った際に待ち受けていた書類の山と格闘することになったけどね。

 先に領都に送っていた逃亡農民や、帰る際に護送した農民たちの村への振り分け作業など仕事は多岐に渡る。


 書類の山から次の紙を引っ張り出す。

 内容に目を通すと、義手や義足などの開発が順調であることを書かれていた。

 できれば、今回逃亡してきた大工なども投入して作業を加速させたかったが、秘密の多い場所でもあるし、彼らを完全に信用することはできない。多少時間はかかるだろうが、致し方ないか……。

 だけど、遊ばせるに勿体ないので廃村になっていた村の復興に仕事を振り分けている。そして修復した村は、逃亡してきて保護した農民たちの新たな生活基盤になる。正しく一石二鳥というわけだ。


 政務に取り組んでいると、執務室のドアがコンコンと叩かれる。

 俺は付近で仕事に取り掛かっていた騎士に目をやると、視線が交差する。騎士は頷き仕事をしていた手を止めドアの方に向かう。


「メリア殿です」


 騎士が誰が来たのかを告げる。

 メリアか……。珍しいな。


「構わない。通せ」


 俺がそう告げると、ドアは開かれメリアが入ってくる。

 メリアは俺の目の前まで来ると、軽くお辞儀をする。


「実は公爵様にお聞きしたいことがございまして……」


 メリアが直接伝えに来るというのは珍しいな。メリアは少し困った顔をしながら室内に流し目をやる。


「できれば人払いをお願いできませんでしょうか?」


 その言葉に騎士がピクリと反応する。

 まぁ元々先代バルティア公爵に仕えるメイドだったからな。騎士たちが警戒するのもわかる。だけど、普段の仕事ぶりを聞く限りそんな様子はなさそうだが。


「わかった。仕事は30分ほど休憩するとしよう」


 室内にいる騎士たちを見渡し、休憩することを伝えるとゾロゾロと部屋を退出する。


「それで話と言うのは?」


 俺は質問しながら、机に置かれたティーカップを手に取り、冷めた茶でのどを潤す。


「失礼を承知で申し上げます。レイラお嬢様とお世継ぎを作られないので?」

「ぶふっ!」


 気管に引っ掛かった水分が咳を誘発する。

 なるほど。騎士を退出させた理由はこれか……元々外部の人間としてうちのお世継ぎ問題に突っ込むのは危ない橋だからな。だけど彼女としてもレイラの境遇を考えて勇気をもって進言してきたのだろうな。

 でもなぁ……。


「まだ俺たちに早すぎると思わないか……?」


 なんか前世の感覚からするとまだお互いに若いし、早すぎるような感覚がある。

 実際感覚のずれなのかメリアも不思議そうな顔をしている。


「別に早すぎると思いませんし適齢だと思いますが」


 いや、まぁ。この世界では確かにそうなのだ……俺個人が前世の感覚に引っ張られてるだけだし。


「お世継ぎがいないことの方が危険ではありませんか?」


 そうだよな……。俺の身に何かあれば統治体制に問題が生じる可能性があるのは否定できない。

 正直何も言い返せない。黙っている俺を怪訝に思ったのか、メリアは不安そうな顔で質問する。


「レイラお嬢様のことがお嫌いなのですか?」

「それは違う」


 そこだけはハッキリと言うことが出来る。俺にはもったいないくらいのお嫁さんだと思う。でもな……どうしてもレイラの両親の仇という後ろめたさが俺の心を縛るのだ。直接的な仇ではないのかもしれないが、一族の業と言えばその通りだ。


「……公爵様。気にする必要はありませんと言えたらいいのでしょうが、難しいところがあります。ですが一つだけ言わせていただくなら、依然と比べてお嬢様は笑顔になることが増えました。そんなお嬢様を見て、私個人と致しましては公爵様に感謝しております」

「そう……ですか……」


 少し言い淀んでしまった。

 そんな様子を見てか、メリアは優しい笑みを浮かべる。


「レイラお嬢様のことはお好きですか?」

「はい」

「お嬢様にそのことをお伝えしたことは?」

「……ない」


 メリアはそこで少し区切ると、一つ息を吸ってから続ける。


「ぜひお嬢様にお気持ちをお伝えください。そしてお嬢様の気持ちも聞いてみていただきたいです」

「分かった……今夜ちょっと話してみる」


 俺が了承したことが嬉しかったのかメリアは微笑みを浮かべる。


「身の程をわきまえぬ発言の数々失礼しました。この身はいかようにも」


 メリアはそう言って頭を下げるが、レイラのことを想っての行動なのだ責める気はなかった。俺は「構わない」と告げる。


「それではお忙しい中、ありがとうございました。失礼いたします」


 メリアはメイドの服の裾を掴み、丁寧なお辞儀をして部屋を退出する。

 一人取り残された俺は椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。


 女性ってのはいつの時代どんな世界でも強いんだな……。



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