第75話

 兵舎の一室で机に突っ伏し仮眠を取っていると、扉がノックされる。

 扉の向こうから声が聞こえる。


「主君。クルトです」

「いいよ」


 返事をすると、ドアが開かれクルトが入ってくる。クルトは俺に向かって跪く。

 俺は上体を起こし、軽く伸びをする。机の上で寝たからかあまり疲れが取れた印象はなく、体からポキポキと音が鳴る。


「どうかした?」

「金羊商会のヤコブ殿が面会を求めております」


 頼みたいこととかいろいろあったし、タイミングがちょうどいいな。

 さすがに書類だらけの部屋で面会するわけにもいかなかった。まぁ個人的な情報とかもいろいろあるしね。

 使われていない別室に案内する。クルトは右斜め後ろに控え、ヤコブと二人してソファーに座り対面する。


「いろいろと苦労をかけるな」

「いえいえ。とんでもない」


 そう労うと、ヤコブは否定するように首を振る。


「実際助かっているよ。地図の配布に食料や様々物資の調達。どれも長い歴史を持ち、経験豊富な金羊商会にしか頼めないことだ」


 もはや公爵領は金羊商会に依存しているといって言い状態だ。

 だけど、それで良い。我々が彼らに依存することで彼らは安心できるのだ。

 ポイ捨てされないように気を付けなければいけないが、金になると判断されている以上そう簡単に商人として捨てることはできないはずだ。今のうまみだって俺あってのものだしな。うちが敗北したら公爵領での税の免除を受けられるとは思えない。


「ところで、追加で食糧の調達を頼みたい。保護した農民たちを領都に送るため食料を渡しているが予想より多くてな。軍が食う分もあるのでお願いしたい」

「なるほど。手配します」


 ヤコブはメモ帳を取り出し、さっとペンを走らせる。

 こういうマメな所も評価が高い。


「そういえば、何か話があるんだろう?」


 俺が好きなように喋ってしまったが、面会を求めてきたのはヤコブの方だ。

 なんらかの伝えたい事柄があるのは間違いない。

 ヤコブは姿勢を正し、こちらを見つめる。


「カスターレン伯爵が兵を退くかもしれません」


 俺は足と腕を組み、顎に手を当て考える。

 戦力的には温存しているから、まだ戦えるはずだ。

 だが、重要なのは……。


「根拠は?」


 そう問うと、ヤコブは懐から一枚の紙を取り出し、それを机の上に置く。

 俺は手に取る。内容は在庫と販売数。どうやらここ最近の包囲貴族の買い込んだものリストのようだ。


「私どもの商会のほうでもカスターレン伯爵の軍に同行しています。その際の売り上げなどを記したものがそちらになります」


 この世界の軍には兵站という概念が乏しい。もちろん軍も食料は持っているが、基本的に略奪が多い。略奪して足りなくなったら携帯している食料に手を付けるイメージだ。

 だが、これは勝っており敵地を進む場合に可能な話であって今回のような膠着状態に陥ると食料の新規調達は難しくなる。

 そのため、足りない分や嗜好品などを従軍している商人たちから買うのだが……。


「食糧の購入が減っているのか……」


 俺の言葉にヤコブは頷く。


「えぇ。これ以上戦争を継続するつもりはないと判断致しました」


 となると王家派の貴族の粘り勝ちか。

 まぁカスターレン伯爵の軍は健在だから依然として脅威ではある。だから今回の戦で王家派の貴族の力もそがれたので当分動くことはできないだろう。

 また、王家派を攻めた貴族も力を削がれた。彼らは結局、国力を回復させるためにも王家派の逆襲を防ぐためにもカスターレン伯爵の庇護を受けるしかない。


 結果としてみればカスターレン伯爵の影響力は敗戦したころに比べて増していると考えられる。厄介だな……。

 まぁ敗戦と今回の戦で、まだこちらに来れるほど国力は回復してないはずだ。

 油断はできないけどね。


「なるほど。貴重な情報助かったヤコブ殿」

「いえいえ。公爵様の助けになることは結果的に私どもの利になりますから」


 ヤコブは胸に手を当て敬意を示す。


「また何かあったら頼む」

「えぇ。その時はご一報差し上げます。それでは。私はこれにて」


 そう言ってヤコブは立ち上がり部屋を後にする。

 ヤコブが退出してから、俺は右斜め後ろに控えていたクルトに振り向く。


「カスターレン伯爵が兵を退くかもしれないという情報をヘルベルトやヴェルナーたちに伝令を送れ。カスターレン伯爵が兵を退いたらこちらも退くんだ。対峙する敵も追撃はしてこないはずだしな」

「畏まりました主君」


 クルトは軽くお辞儀をし、伝令の指示を飛ばすため部屋を後にする。

 俺はソファーから立ち上がると少し伸びをする。

 戦が終わると、農民たちが逃亡するのは難しくなるだろうな。あとどれだけの農民を救えるのか……。

 そんなことを考えながら部屋を後にした。

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