第74話
雲一つない晴天のある日。
暖かな日差しが砦を照らすが、兵舎の一室では陰鬱とした空間が存在した。
室内には、家族と思われる2人の大人と3人の子供の集団と兵士が向き合っている。子供は少し怯えているのか母親の服の裾をつかんで離さない。
俺は室内の彼らから少し離れた壁際で、椅子に座り机の上でペンを走らせる。
「公爵閣下。彼らもよろしくお願いします」
「……あぁ」
返事をしながらも書く手は止まらず、カリカリとペンを走らせる音が室内によく響く。すでに机や俺の後ろには紙の山がそびえたっており、終わりが見えない。
なぜこうなったのかと言うと、逃亡した農民保護が原因だ。
まぁ厳密にはそれを決めたのは俺なので自業自得ではあるのだが……。
当初は、少人数の敵地への潜入なんてものは危険だし、留守番でもしようと考えていた。そのため、クルトと数十人の兵士を残し砦でのんびりしていた。
だが、送り込んだ兵士が続々と保護した農民たちを連れてくると状況は一変した。
こちらに逃亡してくる農民が予想以上に多く、彼らに面会などをしておりその結果大量の書類の山を建設するに至った。
なぜ、面会などをしているのかと言うと、彼らは一概に農民ばかりではなく大工などの技術職も少数ではあるが存在した。そのため、彼らが今後の公爵領での生活を送る上で考慮すべきことが多くあったのだ。もちろん普通の農民でも家族構成や人数で村に振り分ける際に考慮することになる。
文字を書ける人材は少ないので、兵士が質問しそれを俺やクルトなどの文字を書ける者たちが書類を製作するに至った。まぁ内容は簡単なもので名前と出身地と年齢と職歴を書くだけだが、それでも人数が多い。
「よし。質問は以上だ」
兵士が質問を終えると、こちらに目線を送る。
俺は大丈夫という意味を込めて、頷く。
兵士は俺の意思を確認すると、彼らに向き直る。
「それでは、案内するからついてこい」
追い出されるかもと怯えていたのか、父親と思しき男はホッと安堵した顔を浮かべる。
改めて彼らの家族の様子を観察するが、彼らの頬はコケており苦しい生活を送っていたことが見て取れる。
「あ、ありがとうございます!」
父親と思しき男は勢いよく、兵士と俺に頭を下げる。
兵士は、そのまま彼らを案内するために部屋を退出する。ドアがパタンと閉まり室内には俺と護衛の兵士だけが残される。
俺はペンを机に置き、背を伸ばす。
凝り固まった筋肉をほぐすかのように、手のグーパーを繰り返す。
やってることは戸籍作りみたいなものだ。
そのうち、領民たちを把握するためにも戸籍とか作ろうかと思っていたが、想像していた以上に手間だなコレ。文官増やさないと実行できないぞコレ。
でも、だからと言ってこの作業をやめることはできない。
理由は単純で彼らは今後領都の方に一度送り、そこで改めて振り分けることになる。だが、それをせずここで放置してしまうと大量の農民たちが砦に集結してしまう。何が問題かって食料の問題もあるのだが、一番の問題は周辺の貴族に兵を集めたと勘違いされてしまう可能性があるということだ。それでは軍を分散した意味がなくなってしまう。包囲網貴族たちを油断させるためにも現地に潜入している兵士たちの安全を少しでも確保するためにこの作業はやめることができないのだ。
考え事をしていると、扉がノックされる。
「公爵閣下。新たな家族が来ました」
「分かった」
それにしても、入国審査官の仕事ってこんな感じなのかな……。
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